6月お題SS『いつもの帰り道?』

こんばんは
6月のお題SSに参加させていただきました。


2015年6月お題SSズ募集詳細

主催幹事:牛野若丸さま

お題発案者:牛野若丸さま

お題:
「雨」
「紅」(解釈自由)
「角」(解釈自由)
(3つの中からいくつ選んでもOK)

文字数:
4000字以内


お題を3つとも入れてみました。
よろしくお願いしますm(__)m




 昇降口でひとり、芳久を待つ。
 外は雨。屋根のあるぎりぎりのところに立ってても濡れない、風のないまっすぐな雨。
「お待たせ、綿谷」
「お、早いね今日は」
「外暗いし、これから雨強くなるから今日は早めにおしまいだって、先生が――」
 バイバイ、と吹奏楽部の仲間たちに手を振って、芳久が下駄箱を開ける。一瞬固まってからこっちを振り返り、上目づかいで俺をにらみつけてやめろよね、と言う。
「こういうおふざけ。僕らもう高校生なんだから」
 部活中に書いてさっきスニーカーの上に乗せておいた、雨のせいで湿気たラブレターを白く細い指先でゆらゆら揺らしてから芳久はそれを鞄にしまう。いつもそれ、家に帰ってから読んでんの。
「俺からじゃないかもよ」
「学校名が入った茶封筒使ってラブレター書く人が綿谷以外にいるかね」
「いるかもしんないじゃん」
 速足で俺の前を通過して、芳久は傘立てから深紅の傘を取りだしスパッとひらいた。お姉ちゃんからのお下がりだという女性物の傘を、芳久は気にせず使ってる。そういうところがある。芳久には思春期特有の照れがない。
「けっこう降ってるね」
「おー、さっきより強くなってんね」
 雨の日でもおかまいなしの速足のせいで、芳久の制服のズボンの裾は濡れる。それに合わせて歩くせいで俺のも濡れるけど仕方ない。
「こんな日は先に帰ってもいいのに」
「やだよ」
「文芸部って暇なんだろう」
「超ヒマ。だからラブレター書いてる」
「暇つぶしですか」
 怒ってるのか笑ってるのか、雨音と傘が邪魔して早口な芳久の声の表情が今日はうまく読み取れない。でもこんなに早口でせっかちなくせに、芳久の吹くクラリネットの音はいつも誰よりもゆったりと安定して美しく響くから不思議だ。
「じゃ、また明日」
 あーあ。今日もこの分かれ道まですぐだよ、速足の芳久のせいで。
「おう、バイバイ」
 ほかのだれにも別れ際に手なんて振らないけど、振り返してくれる芳久がかわいいから彼限定で手を振る俺。
 すたすたとあっという間に遠ざかっていく深紅の傘を見送る。やっぱり今日も、ズボンの裾のうしろがびしょびしょだ。
 そのまま角を曲がるのをいつもと同じように見届けて俺も歩きだすはずが、芳久がふいにこっちを振り返った。
「え」
 なになになに。速足で引き返してくる。
「どしたの」
「綿谷さ、なんでいつもここに立って僕が角曲がるまで見てるの」
 あれ、気づいてたんだ。
 びっくりした。今まで一度も振り返ったことなんてなかったから、知らないんだと思ってた。
「その理由聞きたい?」
 問うと、うーん、と芳久にしてはめずらしくしばらく考えこんでから、傘を持ってないほうの手をバイバイする時と同じように激しく揺らした。
「いい、いい。まだいらない」
 高速で動く手のすきまから見えた頬がすこし赤い気がした。あっという間に背中を見せていつもよりさらに速足で行ってしまったからちゃんと確認できなかったけど。
 まだいらないってことは、いつかは聞きたいってことだろうか。
 とりあえず、ラブレターは読んでくれてるみたい。





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7月お題SS『二人暮らしの夜』(前編)

こんばんは
7月のお題SSに参加させていただきました(フライング)


2015年7月お題SSズ募集詳細

主催幹事:
牛野若丸さま

お題発案者:
牛野若丸さま

お題:
「虫」
「百合」
「器」(解釈自由)
(3つの中からいくつ選んでもOK)

文字数:
4000字以内


お題は「器」を使わせてもらいました。
内容とはあまり関係のないところでさらっとでてきます^^;

少し長くなったので(3613字)前半と後半に分けて今日と明日でアップしようと思います。
よろしくおねがいしますm(__)m




 小さな不満の泡は、この一年のあいだでひとつも割れることなく、日々すこしずつ膨らみながら増殖していた。イライラする気持ちは夜中、あいつが眠りについて意識を手放したあと、ひとりになった時に襲ってくる。

 今日も遅くなるという連絡がないまま、直樹は日付が変わった頃に帰宅した。接待だかなんだか知らないけど、髪から洋服から女性の甘い匂いをさせて、それを隠そうともせず、ただいまーと、夜中なのに太陽みたいな陽気なテンションで酔っ払いは、玄関を開けたおれに抱きついてきた。
「あー、飲みすぎたわ」
「ほどほどにしなよ」
「だってみんなのめのめ言うんだもん」
「断ればいいじゃない」
 そっと本心をもらすと、ぎゅっと力まかせに抱きしめられた。
「風呂もう入ったんだ」
「ちょっと放して、くすぐったいから」
「俺、恵吾の頭の匂い好き」
 んー、と静かにうなりつつ、髪に顔を埋めてくる直樹から無理やりしゃがんで逃げたら、ケチ、とひとこと。不満そうに唇を尖らせて室内に入っていった。
 そういうの、きっと直樹はわかってる。見目のいい年下の自分が甘えるような仕草をしたらおれがかわいいって思うの、あいつはわかっててやってるんだ。

 遅れて部屋に戻ると、直樹は脱いだ服を散らかしてソファーに転がっていた。
「恵吾ー、愛してるから水ちょうだーい」
 愛してる? どこが?
 軽いジョークだとわかってても笑えない。ミネラルウォーターを取るため冷蔵庫を開けると、自分がさっき作った直樹のぶんの夕食のおかずが目の前にある。これは明日の昼、おれがまた食べることになる。さきに連絡のひとつでもくれていれば、ひとりぶんしか作らなかったのに。
「はい」
「さんきゅー」
 氷を入れたグラスに注いだミネラルウォーターを渡すと、直樹はごくごくとひと息に飲み干した。グラスから垂れた滴が、波打つのどぼとけを過ぎて褐色の引き締まった裸の上半身を落下していく。同棲して一年も経つのにまだ、明るい部屋の中では直樹の裸を直視できない。
 一緒に住んでるのに、なんでこんなにうまくいかないんだろう。
 直樹は毎日外にはたらきに行く。営業の仕事でおれ以外の人とたくさん会って、たくさん話をする。
 おれは翻訳の仕事をしているため、普段ずっと家の中にいる。直樹以外にあまり人と会わず、会話もしない。
 だから考えてしまう。毎日毎日、今、外で直樹がいったい誰と話してるのか、二人で暮らすこの家より外のほうが居心地がいいんじゃないか、と。
「ごちそうさま」
 カラン、とテーブルに置いたグラスに氷のぶつかる音がした。直樹が立ち上がる。
「お風呂は?」
「明日休みだし、起きてから入るわ。ねみー」
 ふわー、とあくびをひとつ。そのまま寝室に入ってしまった。
 いつ帰ってくるかわからない直樹のために、風呂の湯を保温しておいたのは無駄だった。
 無駄だったけど、言えない。この二人の場所が直樹にとって、さらに居心地悪くなることが怖いから。
 寝室の扉が閉まると、部屋は急に静かになった。冷蔵庫のうなる音が耳につく。汗のかいたグラスをそのままに、散らかされた洋服を回収しようとしてワイシャツに手をかけたその胸ポケットから、するっと、銀色の小さなものがフローリングに落ちた。拾うとそれは星を象ったピアスだった。
 どこかの女性がわざとポケットに忍ばせたのか、彼女の耳から落ちたものが偶然ポケットに入ったのか、どちらにせよ、その星形のピアスの女性と直樹は密着していたことには違いない。こんなものを発見してしまって、今日はいつも以上にイライラする夜をひとり過ごすことになるのか、と思いきや、心はそれどころじゃなく落ちこんでしまって、怒りなんて微塵も襲ってこなかった。
 ベランダの扉を開けて外に出る。星も月も見えなくて、そこにはただのっぺりした紺色の空と、まとわりつくような湿気の多い空気があるだけだった。
 やっぱり直樹は外のほうが居心地いいんだ。自分の知らない世界。見たこともない人たちと過ごす時間のほうが楽しいんだ。
 夜が白んでくるのにも気づかず、おれはひとり、朝方までベランダで過ごした。




7月お題SS『二人暮らしの夜』(後編)

こんばんは
7月のお題SSに参加させていただきました。


2015年7月お題SSズ募集詳細

主催幹事:
牛野若丸さま

お題発案者:
牛野若丸さま

お題:
「虫」
「百合」
「器」(解釈自由)
(3つの中からいくつ選んでもOK)

文字数:
4000字以内

昨日、拍手をくださったみなさま、ありがとうございます!
引き続き後編です。
よろしくお願いします<(_ _)>




「出ていく」
 昼過ぎに起きてきた直樹が、ソファーに座ったタイミングで告げた。大きなあくびをして片手で髪をかきあげ、なんで、と言う。
 手の中の星形のピアスをぎゅっと握りしめる。直樹に返すべきか、黙っておくべきか、わからない。
「もしかして、これが原因?」
 こちらに向けてひらいた直樹の手のひらには、星形のピアスがあった。思わず自分の手の中をたしかめる。手品みたいにこっちのものがあっちに瞬間移動したのかと思ったが、それはちゃんと自分の手の中にもあった。
「これさ、昨日帰り道に露店で買ったんだよ。恵吾、月とか星とか好きじゃん? だから喜ぶかなって。よく考えたらあなた、ピアスなんて開けてないんだけど。まあ俺酔ってたから」
 なんだ。これは直樹が自分で買ったものだったのか。
 一晩眠らず考え続けてきたことが突如ぷつんと切れて、気が抜けた。空っぽになった頭に、どうして直樹は買った左右のピアスを別々に持っていたのだろう、という疑問が浮かんだその時。ふいに直樹がゆらりと立ち上がった。怒りを秘めた表情でおれを見下ろしている。
「出ていくってなんだよ」
「あ」
 一瞬、ついさっき自分で伝えたことを忘れていた。
「俺、実は恵吾のこと試したんだよな。ワイシャツのポケットからこのピアスが出てきたら、恵吾はどんな反応するかなってさ。ほら、よくあるじゃんそういうの。彼氏のシャツからピアスとか、キャバクラの名刺とか、口紅の跡とか」
 じりじりと壁際に追いつめられる。もう直樹の怒りは隠されず、眉間のしわには不機嫌がありありと見えた。
「恵吾は普段から俺がわがまま言っても怒んないし、時々、寝る前とか我慢してるみたいに苦しそうな顔するの見るし。なに考えてんのかなって思ってたけど、なんでそこで出ていく、になんだよ。ねえ、なんで聞かねぇの? このピアスなにって。誰のって問いつめろよ」
「だって」
「だってなんだよ」
「こわくて」
 そんな大胆な行動に出ることで、もめて、けんかになって、直樹がこの二人の空間にいることをめんどうに思ってしまうことが怖かった。日々どんなに不満の泡が膨らみ増え続けても、感情を爆発させて平穏が揺らぐことより、一秒でも長く安寧な時が続くことを望んでいた。
「こわい?」
「直樹に嫌われるのが」
「それで出ていくっておかしくない?」
「嫌われるよりはマシだから」
「なんだそれ」
 不機嫌そうにしてた直樹が思わずって感じで噴きだす。おれにとっては笑いごとではないのだけど。
「俺はさ、同棲を始めた一年前に、恵吾とはこのさきずっと一緒にいるって決めてんの。だからショックなんだけど、簡単に出ていくとか言われたら」
「それは、ごめん」
「そうだそうだ、反省しろよ」
 あごに手を添えられ、うつむきかけた顔を起こされる。目を見てもう一度、ごめんなさい、と伝えた。
「だから不満でも希望でも、思ってることはこれからは口に出して言うことな」
「それでもし直樹に嫌われたら?」
「嫌わねーって。むしろ黙っていられたほうが嫌になるわ」
「本当だね、それ」
「ほんと。だからためしに言ってみ? 今思ってること」
「今は……」
「嘘はなしな」
 先手を打たれてひるむも、この近い距離で嘘はきっとすぐばれてしまうと思ったので。
「キス、されたいって思ってる…………、って今思ってること言えってきみが言うから!」
「なんで怒んだよ」
 こんな時にすごくくだらないことを考えてる自分にイライラしつつ、にやつく直樹にも腹が立った。
「いいじゃん、してあげる」
「やっぱりいらない」
 唇を寄せてくる直樹の頬を軽く張って、追いつめられた壁際からすり抜けた。熱い顔を片手で扇ぎながらキッチンに向かう。昼食用に昨日作った直樹のぶんの青椒肉絲をレンジに入れ、そうめんの湯を沸かし始めていたら、風呂に入ると言う直樹がなぜか両方のピアスを持ってリビングを出ていったので、いったいあれをどうする気だろう、としばらくしてこっそりあとを追ってみた。
 星形のピアスは、玄関の靴箱の上にあった。カギ入れに使っている、夜空をひっくり返して縮小したような深いブルーの半球の器の中に、小さな星が二つ、寄り添うように並んでいた。
「恵吾ー」
「なにー?」
 新しい石けん取って、という声がして、そういえば、だいぶ小さくなっていたことを思い出しながらバスルームへ向かう。箱から出した裸の石けんを、腕の細さぶんだけひらいた扉から差しいれる。湯に濡れたぬくい手のひらに石けん越しに触れた時、さっきいったん押しこめた欲望があふれてきて思わず直樹、と呼んでしまった。
「ん?」
 湯気にこもった声が優しくて、だから勇気を出してもう一度伝える。
「やっぱり、お風呂出てからキスして?」
 扉を閉めて、石けんのついた手を洗面台で洗う。鏡に映る自分の顔がめちゃくちゃ赤い。
「キスだけですまないけどいい?」
 バスルームの中からにやけていることがまるわかりの声がしたので、鏡の中の自分と目を合わせて笑ってしまった。






9月お題SS『ニュー・ムーン』

こんばんは
嘘でくるんだ愛のなかみ終了後もポチポチと拍手をくださっているみなさま、ありがとうございます!

9月のお題SSに参加させていただきました。


2015年9月お題SSズ募集詳細

主催幹事:
牛野若丸さま

お題発案者:
牛野若丸さま

お題:
「月」
「年」
「涙」
(全て解釈自由、3つの中からいくつ選んでもOK)

文字数:
4000字以内

お題は「月」を使わせていただきました。
よろしくお願いしますm(__)m




 バーで派手に口論をして追いだされ、夜道を歩いていた時だった。
「あの……っ」
 角を曲がって短い路地に入ったところで、正面から走ってきた青年に声をかけられた。
 九月も半ばを過ぎ、夜はだいぶ過ごしやすくなっているにもかかわらず、細身の体に余る長袖Tシャツを肘の上までまくり上げ、明るい色の短髪がひたいに貼りつくほどに汗をかいている。
「なにか」
 不機嫌に問うと、血色のいい赤い頬が引きつり、さっと色味が薄れる。色白で目のくりっとした人形のような見た目をしているくせに、汗かきだったり表情の変化に富んでいたり、生々しい人間らしい男だ。さっき別れた無表情の冷淡男とは正反対だと思った。
「あの……、今日は月が出ていますね」
 青年の指さすさき。見上げると、ビルとビルのすき間の夜空には、漆黒に塗りつぶされそうな、伸びかけを切った爪ほどの三日月がうっすらと浮かんでいた。
「で、なに」
 すぐさま月から目の前の男に視線を戻すと、相手は一瞬怯んだように見えたが、なにかを思いついたようにパン、と大きく一回手を叩くと、そこから急に饒舌になった。
「あのですね、オレ実はさっき、あの月から降りてきたんですよ。ほら、すべり台みたいになってるでしょ。あのカーブをつるっと滑って落っこちそうになって、さきっぽで引っかかったんですけど、時間の問題でした。手の力に限界がやってきて、わーっと空から落ちて」
 小さな体のわりに、身振り手振りの大きい男だ。
「どこに」
「へっ」
「どこに落ちたわけ」
「ああ、えっとぉ……、そのへん」
 後ろのマンホールの辺りに腕を伸ばし、ぐるぐると指し示す。
「着地は」
「成功です」
 両手でピースサインを作って笑う。さすがに馬鹿馬鹿しくなって鼻で笑いつつ、私はビルの外壁にもたれ煙草に火を点けた。
「月に住んでるの」
「はい。月人です」
「月にはいったいどのくらいの人が住んでる?」
「あああー、オレひとりでした」
「……そうか。じゃあ寂しいな」
 もう一度夜空を見上げ、まだ消えずに存在している無人になったという三日月を確認してから、煙草をひとくち吸いこむ。慣れ親しんだ味のはずが、なんだかいつもより苦く感じた。目をすがめ、吐きだした煙越しにふたたび目が合った青年は、さっきの笑顔から一転、ほんの小さな刺激で崩れてしまいそうな危うい顔をしていた。
「きみが泣くことあるか」
 むきだしの優しさに触れて、思わず笑ってしまう。だけど二十ほどは年下と思われる男を、自分の代わりに泣かせるのはかわいそうだと思った。

 失恋というほどのことでもない。あいつの浮気癖はいつものことだった。
 ただ悪びれもせず、恋人の目の前でほかの男を誘うような無神経さに、唐突に嫌気が差しただけだ。
 二年ほど続いたつかず離れずの曖昧な関係は、つい先ほど終わりを迎えていた。
 世話になってるゲイバーの従業員たちには、店内で大人げなく言い争いをしてしまったことを申し訳なく思っている。
「よかったです」
「なにが?」
「あの、オレ、地球に落ちてきて」
 まだ彼の中で寸劇が続いていたことに驚きつつ、煙草を携帯灰皿に押しつけながら喉の奥で小さく笑った。
「だって、向こうにいてもずっとひとりだし、地球にはたくさん人がいるでしょ? だからこれからは地球人として――」
「もういいよ。きみ、あの店の子だろう?」
 彼のことは実は、以前から知っていた。さきほど出てきたゲイバーの奥まったキッチンでいつもひとり、調理を担当している従業員だ。元は和食店に勤めていたらしく、彼の手によってバーに提供される創作料理は、界隈でも味がいいと評判になるほどだった。
 彼が店で働き始めた頃、店主に新人のコックだと紹介されたのを覚えている。それは二年前、ちょうど私があの男と付き合いを始めた時期だったかもしれない。それ以降、話をする機会はなく、ただ時々、キッチンから顔をのぞかせる彼を見かけるだけだった。
「オレのこと、知ってたんだ」
 寸劇を中断させられてがっかりしてるかと思ったが、彼は赤らめた頬を隠しもせずうれしそうに笑った。
 きっと私が口論の末に店から出たあとを、心配で追いかけてきたのだろう。
「ありがとう」
 そう言いながら、思わず頭を撫でていた。二十ほどの歳の差と彼の無邪気さが私にそんな行動を取らせたのだが、触れた髪はまだすこし汗に湿気てやわらかく、困ったようにうつむいてしまった彼を見たら、いけないことをした気になった。
「もう、店には来ませんか」
 うつむいたままの彼が言う。
「また遊びに行くよ」
 店には一度、開店前の時間帯に謝罪に訪れるつもりだった。だけど、あの男と散々通った場所だ。それ以降はもう行かないつもりだった。
 彼は私の返事を儀礼的だと感じたのか。うつむいた顔を上げず物も言わぬのでわからなかったが、しばらくするとズボンのポケットからごそごそと紙切れを取り出し、私の手に握らせると、拳を固めるように外側から自分の手でくるんだ。
「寂しい時は、誰かと一緒にいたほうがいいですよ」
 ちらっとのぞき見た顔から耳までが、真っ赤に染まっていた。
「あの、絶対……。オレもひとりで寂しかったけど、地球に降りてきて、よかったから」
 素性を知られてもまだ演技を続けるのか。ふ、と小さく笑いをこぼした私の顔を上目に確認すると、青年はすでに火照っている顔にボンとさらに赤色を乗せて、脱兎のごとくとなりをすり抜け、駆けていった。
 ひとりになり、手の中にある紙切れをひらいてみる。
 宇野瑞月。
 彼の名前と電話番号が走り書きで記されてあった。
 私が店を出たあと、急いでメモにペンを走らせ、追いかけてきた姿が目に浮かぶ。
 もしかしたら、ずっと想われていたのかもしれないな。
 そんなことを考えながら、触れた髪のやわらかさと、触れられた手のひらの高い体温を思う。優しさの裏に隠された青年の欲望と振りしぼった勇気を、愛おしく思った。
 くしゃくしゃの紙を四角に折りたたみ、もう一度夜空を見上げた。
 この短時間で三日月になんの作用が働いたのか。暗闇に飲まれそうだったその姿は今、きらきらと光り輝いていた。


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6月お題SS『つかず離れず日和』

こんばんは
6月のお題SSに参加させていただきました(遅刻組(-_-;)


2016年6月お題SSズ募集詳細

主催幹事:牛野若丸さま

お題発案者:牛野若丸さま

お題:
「雨」
「糸」
「災」
(全て解釈自由、3つの中からいくつ選んでもOK)

文字数:4000字以内(1936字)


お題を3つとも入れてみましたが、ほぼ内容に絡んでおらず、さらっと入っています。
よろしくお願いしますm(__)m




 大きな岩に腰かけ、川に釣り糸を垂らしてぼんやりしていた。その時、すぅと水面に波紋ができて、中から三人の南が出てきた。
「うわぁっ」
「あんたが落としたのは金のおれですか、銀のおれですか」
「へっ?」
「それとも何の変哲もないこの、いつものおれですか」
 川べりに立ち、黒髪の南がしゃべっている。そのとなりには笑顔でたたずむ金髪の南と銀髪の南がいる。黒髪・金髪・銀髪の順で、三人の南が横並びで立っている状態だ。
 どういう状況だ。なんだこれ。
「えっと…………」
 とりあえず落ち着け。オレが落とした南は……、ってそもそもオレは南を落としてないし南は元からオレのものじゃないし。
でもきっと、正解は――
「きみ。黒髪の、何の変哲もないいつもの南」
 これに違いない。たしか本当の物語でも、最後は金銀でないほうを選んでたし。
「はい、ブー。だめ。失敗」
「へっ? なんでなにが」
「答えるまでに間があった。迷いがあるとだめなの」
「ま、迷ってないし!」
「それになんだよ、何の変哲もないって。失礼なやつ」
「それは南が自分で言ったんだろ!」
 金髪と銀髪の南は唐突に笑顔を引っこめるとバシャンと川へ飛びこみ、浅瀬の緩やかな流れの中、あっという間にその姿を消した。続いて行こうとした黒髪の南の腕をつかんで引っぱる。
「待って南、行くなよ」
「バイバイ」
 つかんだ手の中からするっと細い腕が抜け、黒髪の南も水にもぐると透明になってまもなく見えなくなった。


「みなみーっ! 行かないでー!」
「うっさいよあんた、ほら起きろ酔っ払い」
 頬をぺちぺち平手でたたかれて目がひらく。視界いっぱいに南の顔。
「あれ? ここは?」
「帰るぞ」
 そういえば、飲み会に参加してたんだっけ。
「ほかのみんなは?」
「とっくに帰った」
 ちょっと不機嫌そうに目を細める。童顔に不似合いな低い声を聞いて本物の南だ、と思った。


「へんな夢見てた」
「夢?」
 居酒屋を出て、初夏の雨上がりの夜を南とふたりで歩いて帰る。さっきは酔いが回って壁にもたれたまま眠ってしまったのだけど、どうしてあんな変な夢を見たのか。


 今日は南に誘われて、南の大学の仲間たちとの飲み会に参加した。紹介したい女の人がいると事前に言われていた。
 つやつやした金髪セミロングヘアーのその女性は、まだ髪を染めていなかった昨年まで、自分や南と同じ高校だったらしいけど見覚えはなかった。
 となりに座った彼女は口数が少なく、ただオレの太ももにずっと手のひらを乗せていて奇妙だった。なにより災難だったのは、どうやら彼女に気があるらしい男が彼女とは逆側のオレのとなりに座っていて、オレの気を彼女から逸らそうとしているのか、彼の大学での専門だという宇宙の話を延々聞かされたことだ。
 左右からの圧迫。銀河の情報で埋めつくされてく頭の中、金髪女性のかけてくる微かな重みに足をしびれさせていたら、もともと酒に強くないせいもあって、レモンサワー一杯で意識はふわっと遠のいた。
 金髪と銀河から、金のおれですか銀のおれですか、になったのか。夢って不思議すぎる。
「ところでさ、なんであの女の子をオレに紹介しようと思ったの」
 ちょっと強めの口調で、南に、要らなかったのだと暗に伝える。
「あんたのこと紹介してって、言われたから。高校の時から気になってたんだって」
「それさー、南のほうで断ってよ」
「……なんて言って断ればいいんだよ」
「『あの男は俺に惚れてるから狙っても無駄ですよ』」
「言えるかバカ」
 夜天の下でもわかるくらい、南の顔が赤く染まる。
 ああオレって単純だなって思う。
 ちょっと面倒な時間を過ごしたあとでも、結果的に南のこんな反応が見れてしまうと、今日全体をいい日と決めちゃうようなマヌケな大らかさがあるから。
「……ごめん、無理やり誘ったりして。あんたは楽しくなかったよな」
「いいよ。南は楽しかったんでしょ」
 と、今の嫉妬はちょっとよくない。オレが金銀にはさまれてた時、南はテーブルの向こうで大学の先輩らしき男と楽しそうに話しながら飲んでたんだ。
 よくないと自覚しつつ、そんなことを思い出してやっぱりムカムカしていたら。
「人付き合いだから」
 きっぱり言いきった分かれ道、南が立ち止まる。夜と同化した黒髪の、オレは何の変哲もないいつもの南がやっぱり好きだ。
「今日はうちに来る?」
 明日は休み。大学が休みの前日はどちらかのアパートで朝まで過ごすことが、高校を卒業して一年が経つ、進路が別れたオレたちふたりの暗黙の決め事だった。
 静かにたしかにうなずいた南の手首をつかむ。
「な、なに」
「いや、夢の中と違って逃げないなって思って」
「なに言ってんだよ」
 わけがわからないと言いたげに目をすがめた南の脈が速い。細い腕をそっと引っぱりながら、日付が変わる直前、今日はやっぱりいい日だと思った。




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Author:りんこそ
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