嘘でくるんだ愛のなかみ(1)

 無理をしていた。無理をし過ぎていた。
 それがこんな結果を招いたのだろうか。


「一旦、別れましょう」
 風が大きく吹いて、金木犀の匂いを一段と強く感じた九月の末日、夕刻。

 一旦って、なんだっけ。
 一旦停止とかよく言うけど、一時的ってことか。いったん木綿は違うか。
 そこは榛名雄高の通う、大学の門の前だった。『榛名』と、名前を呼んで手を振ると、大学敷地内のまだ色づく前の銀杏並木を歩いていた榛名が、オレに気づいて近づいてきた。長い手足と体幹のしっかりしたバランスのいい身体。それに姿勢がいいため、大きな歩幅で悠々と歩く姿はモデルのように美しい。甘いキャメル色のジャケットと昭和っぽい渋い顔立ちが、対照的だけど妙にマッチしている。榛名にはイケメンという軽い言葉が似合わない。まさに男前と呼ぶにふさわしい見た目。性格もそのきりっと引き締まった顔と同様、竹を割ったように裏表がなく、まっすぐな男だった。
 目の前で立ち止まった愛しい恋人を見上げ微笑みながら、四つも年下の相手に大人げないことはわかっていつつ、来ちゃった、とか半分ふざけて言ってみたら、名前を呼ばれた。付き合って半年も経つけど、『史弥さん』って榛名の低音の声で呼ばれると未だに嬉しくて、笑顔が深くなるのを自覚した、その直後のひとことだった。

 意味がわからなかった。わかりたくなんてなかった。
 特に『別れましょう』の部分。
 オレの脳みそはどうしても、この部分を榛名が言ったと認めたくなかったんだろう。だからそれ以外の『一旦』の意味についてしばらく考えていたんだが、もちろんそんな時間稼ぎはいつまでも続くわけない。数秒後には唐突に突きつけられた、避けられない現実と対面することになっていた。

 こいつ別れたいんだ、オレと。

 オレは榛名の前でだけ、自分を偽っていい子を演じていた。
 カフェで接客してるときの、礼儀正しい笑顔のオレを見て好きになってくれたから、本当の口の悪いオレを知ったら嫌われると思って、必死で綺麗な自分を作り上げて見せていた。そんな努力をしてたオレを振るんだ。嘘をついてた自分を棚に上げて、受け入れたくない現実と向き合うため、オレは榛名を心の中で責めた。

 夕暮れのオレンジ色に染まる大学の風景が涙で歪んで見えた。榛名の後方から、サークルかなにかの集まりだろう、大騒ぎしながら歩いてくる大学生の若々しい集団がぼんやり見える。
 なんだよ、みんなして浮かれやがって。オレはこんなひどい目に合ってるってのに。榛名と同じ大学に通ってるってだけで、この敷地内にいる人間がみんな敵に見えてくる。
 そもそも榛名、一旦ってなんだよ。一旦ってことはまた再開があるのかよ。ねぇんだろ。体のいい言葉つけ加えとけばオレが傷つかないとでも思ったか。ふざけてやがる。
 自分の心を守るため、矛先を全周囲に向けて頭の中で暴言を並べてみても、そんな言葉はひとつもなぐさめにならずただ空回りするだけで、心の中の悲しみだけがどんどん色濃くなっていく。

「そっか」
 なにを言えばいいのかわからなかったが、無理やりいつもの笑顔を取りつくろって、とにかく理解したことだけを伝え、うつむいた。ずいぶん時間が経っていたのかもしれない。陽気に騒いでいた集団はもう周りにいなかった。絵本を閉じると夢の世界からじわじわと現実に戻される、その感覚に似ている。半年間の幸せだった時間は今パタンと閉じられて、バラ色だった脳内が急速に色あせていくのがわかった。
 榛名の顔も確認せず、オレは回れ右をして歩きだした。最短で榛名の視界から消える道を行こうと、目の前の大通りを直進した。その結果、軽トラックに轢かれた。


 あとから聞いた話で、運転手は突然飛びだしてきたオレに気づいて急ブレーキを踏んでくれたらしいが、間に合わなかったようだ。軽トラックのボンネットにぶつかったオレはけっこう高く舞い上がって地に落ちたらしい。事故る直前、背後から榛名に『史弥さん!』とまた呼んでもらえたことが嬉しくて、そんなことで喜んでいる自分が情けなくて、痛みで気を失う直前、赤く染まった夕空を仰向けで見上げながら、たまった涙が頬を伝って流れ落ちるのを感じた。



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嘘でくるんだ愛のなかみ(2)

 目をひらく瞬間、パチっと音が鳴ったようなすっきりとした目覚めだった。ひらいたばかりの目のさきには見慣れない白い天井。ベッドを囲うカーテンで間仕切りされた空間に、頭と腕の鈍い痛み。
「病室か……」
 事故に遭ったことを思い出し、咄嗟に体を起こそうとベッドに右肘をついたら、激痛が走った。痛すぎて声も出ない。三角巾で固定された右腕が視界に入ると、頭がクラクラした。

 最悪……。
 今度は思っただけで声には出さず、右腕の痛みがゆっくり静まっていくのをふたたび枕に頭をつけてただじっと祈る。しばらくそうやって痛みに耐えていると、ベッドを囲むカーテンに黒い影が映り、波打つように大きく揺れた直後、シャッと勢いよくひらかれた。

「史弥! 目が覚めたのねっ」
 化粧を落としたらただのおっさんであるバーのママが、半泣きでオネエ言葉を発しながらカーテンの外から中に入ってきた。
「はぁ~、よかったわぁ。昨日の夕方から丸一日眠ってたのよぉ。アンタ、頭打って血がいっぱい出たみたいだし、このままずっと起きなかったらどうしようかと思ったわ」
 スッピンなんだから男言葉でしゃべってくれと言いたいが、まださっきの痛みがひどくて声が出ない。仕草が派手なママがうっかりオレの右腕をはたきそうで恐ろしいのもあるが、体格のいいママのすぐうしろで、背後霊のように突っ立っている細身のカフェの店長の青白い顔を発見して、さらに恐怖が増した。

 オレは高校卒業と同時に上京した七年前からずっと、二つの仕事をかけ持ちしている。昼間はカフェのウエイター、夜はゲイバーのバーテンダーだ。仕事と仕事の合間に食事と仮眠を取る、ハードで充実した生活を送っている。
 それぞれの店の店長とママには、仕事をかけ持ちしていることを伝えてあるが、もちろん二人が顔を合わすのは今が初めてだ。どこからか、オレが事故に遭ったと聞きつけたのだろう。夕方の空いた時間にカフェを抜けだして見舞いに来てくれた店長と、出勤前に立ち寄ってくれたママが鉢合わせてしまった。カフェの店長が青い顔になるのもわかる。オレが働いているバーがゲイバーだと知らない彼は、オレにオカマの知り合いがいることにちょっと引いている。ちなみに、オレが普通のバーでなくゲイバーで働いている理由は、ゲイだからである。

「冬野、こんな機会だからしっかり休めよ」
「そうよ、これは神様の計らいよ。アンタはがむしゃらに昼も夜も休みなしで働き過ぎなの」
 店長とママの説教を受け止めながら、目をつむった。痛みに弱っているせいか、失恋のせいか、二人の優しさが心に沁みる。自分でも働き過ぎている自覚はあった。でもそれは夢のため。

 オレの夢は、自分の喫茶店を持つことだ。そのために比較的給料のいい飲食店で、昼も夜もなく働いている。オレはゲイだからこのさき結婚する気はなく、自分の店を持てば、会社勤めして肩身の狭い思いをしなくてすむという利点がある。
 でもそんなことよりオレは、単純に喫茶店が好きだった。高校時代、家族にゲイだとバレて気まずくなり、外で過ごす時間が増えたオレはよく隣町の喫茶店に入り浸っていた。そのどこか懐かしい雰囲気の心休まる空間に癒され、東京に出てきてからもわずかな時間の隙間に喫茶店めぐりをしていた。

「バカよ、アンタは」
 ママがオレの包帯が巻かれているらしい頭の、その部分を避けるようにそっと撫でた。
「いつも無茶ばっかりして。事故なんかで死んじゃったら、このちっさな頭もサラサラの髪も真っ白な肌も大きな目ん玉も、全部燃やされて消えてなくなっちゃうんだから。アンタまだ二十五なのよ。わかってる? このさき六十年は生きなきゃだめっ」
 ママの潤んだ瞳を見つめて、真摯に頷いた。心配してくれる人がいる。夢もある。失恋したからって死ぬわけにはいかないんだ。

「あの」
 感動の雰囲気に包まれていたところで、ママと店長の背後から低音の快活な声がした。同時に振り返った二人の視線のさきには、背筋のピンと伸びた、好青年を絵に描いたような長身の男が立っている。
「あら、どちらさま? 史弥のお友達かしら?」
 いつもよりワントーン上がったママの質問に、男が答える。
「知り合いです」

 知り合い、ね。
 まあその通りだ。友達でもなけりゃ、もう恋人ですらないんだから、知り合いってことにしかなんねぇよな。
「あら~、史弥にこんな男前のお知り合いがいたのね」
 紹介して、と言わんばかりのママのテンションに呆れたのも束の間、ママの背後の視線と正面からぶつかる。彼自身を表したような陰日向のない真っすぐな目と目が合うと、オレは振られた翌日だというのに、振った張本人である榛名相手にドキドキしていた。
 そしてそんな自分に苛立って、口がすべった。

「おたく、誰?」


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嘘でくるんだ愛のなかみ(3)

 思わず呟いてしまったひとことに榛名が驚いたように目を見ひらいてオレを見たから、なんだか少しだけ溜飲が下がった。

「え、アンタの知り合いでしょ?」
「知らねーよ、こんなやつ」
 一度すべった口は止まらない。
「榛名雄高です」
「は? 誰? ぜんっぜん、覚えてねー」
 大人げない対応だと自覚しつつも、口はどんどんすべる。

「冬野、昨日の事故で頭を打ってるから」
 店長のひとことで、場が一瞬静かになる。記憶喪失、というママの呟きのあと、三人がこっちを見た。

「アンタ、自分の名前言える? 住所は? 電話番号は?」
「全部覚えてっから。店長とママのことももちろん。あと、カフェとバーの仲間のことも忘れてねーし。実家の場所も、お気に入りの喫茶店も、昨日の昼に食ったものも、ちゃんと記憶してる」
「そういう話聞いたことあるな。記憶喪失でもなんか、一部分の記憶だけが消えることがあるって……」
「じゃあもしかして、彼のことだけ……」

 店長とママが悲愴な顔で榛名を見る。榛名はまだ驚いた顔のまま、オレを見つめ続けていた。
 振られた昨日の今日で榛名に対してどう接していいかわからず、つい、はずみで、ノリで、大人げなく、勢いにまかせて知らんぷりをしてみた結果、なにがなんだかわからないまま榛名に関することだけ記憶喪失、という話の流れになってしまった。
 だけど、結果的にこれでよかったのかも。だって昨日のことを忘れていれば、榛名と振った振られたことについて話し合う必要もなくなる。

「すぐに思い出すわよ」
「そうさ」
 ママと店長の気休めの言葉を受け止めたのか受け止められないでいるのか、驚きの表情を消した真顔の榛名からはなんの感情も読み取れなかった。ただじっと見つめてくる榛名と目を合わせていられなくて、オレは右を上にして慎重に寝返りを打ち、みんなに背を向けた。
 左腕に刺さった点滴の薬剤が一定の早さでポタポタ落ちるのをぼんやり眺めながら、こんなことならいっそ本当に、榛名との思い出も全部忘れてしまえたらよかったのに、と思った。



 精密検査の結果、幸いにも出血は頭皮からだけで、オレの脳に損傷はなく、残り一週間の入院とその後二週間ほどの安静で右腕のギプスも取れるようになるだろう、と診断された。榛名に関する記憶を失くしている(という設定の)オレを心配していたママと店長はこの結果を知って安堵し、ゆっくり休め、とまた釘を刺した。

 ママ、店長、だましてごめん。医者にはもちろん、一部の記憶がないとか、そんな嘘の話はしていない。

 毎日、代わる代わるバーとカフェの仕事仲間がそろって見舞いに来てくれる。そんな中、榛名だけは毎日ひとりきりで、必ず同じ時刻にやって来た。面会最終時刻である二十時の、きっかり十分前。付き合っていたときによく飲んでた、オレの好物であるヨーグルト風味のナタ・デ・ココ入り缶ジュースをひとつ提げて現れる。
「つーかお前、なんで毎日来るわけ?」


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嘘でくるんだ愛の中身(4)

 まだ右手を使えないことを気づかって開けてくれようとした榛名から缶を奪い、左手で思いきり振ってプルタブを起こすと、一気に半分ぐらい飲んだ。弾力のあるナタ・デ・ココを、親の敵のように奥歯でガシガシ噛み砕きながら尋ねると、丸椅子を引き寄せて腰かけた榛名と目線の高さが近くなって、心臓がばくん、と揺れる。

「俺が来たいから」
「ふーん。ヒマなんだな」

 ドキドキしてるのを隠すため悪態をついて榛名から目をそらし、缶の口から見えもしない暗い中身を覗きこんだ。
 来たいから、ってなんだよ、嘘ばっか。オレのこと振ったくせに。オレが記憶喪失のふりしてお前と付き合ってた過去を忘れてることは、お前にとって都合がいいことだろ? さっさと知り合いだっつう発言撤回してばっくれりゃいいのに、なんで毎日のこのこやって来んだよ。
 そんなふうに問いつめたいのはやまやまだが、記憶を失くしてる設定だから聞けない。

「暇で来てるわけじゃありませんから」
 オレの冗談に律儀に答えを返して、榛名は鞄から水筒を取りだし、ふたであるコップに注いで一口飲んだ。その中身はきっとオレたちが付き合ってた頃から変わらない、玄米茶だ。九州の実家にいたころから飲んでいる、榛名家気に入りの茶舗のものらしい。
 榛名は流行に鈍感だ。というか、田舎から東京に出てきたばかりの若者にありがちな、都会的なものを求める傾向がまったくない。
 人が集まる話題のスポットなどには興味がなく、自分で行ってみたり、実際触れてみたりして気に入ったものしか信用しない。

 榛名とオレが付き合い始めたのは、今から半年ほど前。榛名はオレが働くカフェの常連客だった。カフェが入った商業施設と、榛名の通う大学は同じ最寄り駅にある。
 カフェが提携している農場から、直接仕入れている有機野菜をふんだんに使ったランチを気に入っていたらしく、榛名は週に一度ほど店にやって来た。
 オレは榛名が来店したときは、手が空くと、彼のまっすぐ伸びた背中を背後から興味津々でこっそり見つめていた。始めは恋愛感情じゃなかった。榛名がちょっと変わった客だったからだ。

 榛名はフロアのオレを呼び止めて、『水の代わりに温かい湯はないですか』と尋ねてきたり、ランチのハンバーグを運ぶと、『フォークはいりません。自分の箸があるので』と鞄から箸箱を取りだしたり、『ライスはもし茶碗があればそこに盛ってほしいんですが』とお願いしてきたり、いろんなやり方でオレを戸惑わせたわけだが、クレーマーのような無理難題を仕かけてくるわけではないので、できる範囲で丁寧に答えていたら、『冬野さんはいつも笑顔で、嫌な顔せず気持ちのいい対応をしてくれて嬉しいです』と、名札も確認せず、あの澄んだ理知的な瞳でまっすぐ目を見て告げられ、オレは自分がこっそり注目していた相手に名前を覚えてもらえていたことが嬉しくて、すごくドキドキしたのを覚えてる。あとから聞いた話だが、そうやって話しかけてくることは、榛名にとってのアプローチだったらしい。

 そんな会話を交わすようになってから、オレたちは急速に仲良くなった。二人きりで会うようになって、お互いがお互いの気持ちに気づいた瞬間があった。オレは初恋の頃からゲイであることを自覚していたが、男同士でお互い惹かれ合っているのをはっきりと認識することは初めてで、まるで男女が恋に落ちるみたいに自然に相手と距離を近づけることが毎日楽しくて仕方なかった。

 告白は榛名のほうからしてくれた。

 一目惚れに近い感覚から、男相手に生じた自分の感情と向き合い、気にかけて、話しかけて、気が合って、惹かれて、強烈に惹きつけられて、そうやって自分の感情がどのように動いて今にいたるか、榛名はひとつも包み隠すことをせず、事細かに教えてくれた。その誠実さに心が震え、満たされた。
 嬉しくて嬉しくて、舞い上がった。そしてそれから半年もの間、オレは舞い上がり続けていた。付き合い始めても毎日榛名を想っていたし、嘘だって思われるだろうけれど、半年の間ずっと、榛名が隣にいるだけでドキドキし続けた。そんな胸がつぶれそうな幸福の時間は、つい十日ほど前、唐突に終わりを告げた。

 振られた原因はなんだろうと、この入院中に何度か考えた。榛名の前で嘘をつき続けたバチが当ったのだろうか。真剣に考えてもこんな現実的でない答えしか出てこない。だって榛名とオレはうまくいっていたのだ。別れを告げられる直前まで、オレはそんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
 『いつも笑顔で嫌な顔せず対応する』オレを気に入ってくれた榛名の前で、オレは普段多用する暴言を封印して、終始いい子を演じていた。男を好きになったのは初めてだという榛名に合わせて、オレも、と同じようにストレートであるよう振る舞ったり、夜に働いているバーがゲイバーであることを、カフェの仲間だけでなく榛名にも黙っていた。

 そうやって嘘をついて多少の無理をしていたから疲れることもあったけど、地を出して嫌われるよりはマシだ。こんなふうに好きな人の前で自分をよく見せることは誰でもやってることだと思ったし、なにより大切だったから。絶対に手放したくなかったから。ゲイである自分がこんな自然に誰かと出会って、気持ちが通じ合って、相手を思いやって、それと同じだけの強さで大事にあつかってもらえて、こんな奇跡みたいなことが起きてるのに、絶対終わらせたくなかったんだ。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(5)

「まあ、終わっちまったけどな」
「なに?」
「なんでもねー」
 物思いから覚めてチッと舌打ちをかまし、残ってる缶ジュースを飲み干すと、テーブルにカーン! と叩きつけるように置いて、ベッドに寝そべり足を組んだ。

 自分でもやりすぎていると思う。
 オレはよくバーのママに冗談で、顔とは対照的な口の悪さとか、しゃべるほどに価値が下がる男などと言われているが、そんな黒い一面はオレの性格をよくわかっている相手の前でしか見せない。まず初対面(という設定)に近い相手の前でこんな横柄な態度は取らないし、慣れるまでは年上・年下関係なく敬語を使う。だけど今回ばかりは例外。
 まずこいつはそもそも初対面じゃねーし、もう振られてるし。これ見よがしに普段通りの、というか普段以上の自分という自分をさらけ出してやる。あんなにいい子ぶってもダメだったんだ。どうせ嫌われた身だ。どう思われたっていい。

「つーか、そろそろ帰れば? 明日も大学あんだろ?」
 組んだ上の足先で病室の入口を差すと、榛名が物言いたげな目で見つめてくる。
「な、んだよ」
「いや」

 やはりこれはやりすぎか。
 事故後からずっと冷たい態度を取り続けているが、榛名は事故前と今のオレがすっかり変わり果ててしまったというのに、そのことでは特に驚いた様子を見せない。逆にオレがそんな榛名に驚いてるくらい。

「退院の日、迎えに来ます」
「いらねぇ」
「来るから」
 有無を言わさぬ声音で告げて、榛名はオレの組んだ足先を掴んだ。ぎょっとして引っこめかけた足を、まっすぐ元に戻される。
「足を組むと腰が曲がりますよ」
 よくわからないことを告げると掛布団をオレの胸の上までかぶせて、鞄を手に取った。

「じゃあまた」
 榛名の声と、面会時間終了を告げるアナウンスがぴったり重なる。いつも面会終了ぎりぎりにやって来るのは、長居しなくてすむからなのかもしれないと、今日も思う。

「おい」
 カーテンに手をかけた榛名が振り返る。見た目は年配の人たちに好かれそうな、昭和っぽい男前である。理知的な奥二重の目はいつも澄み切ってまっすぐ対象をとらえ、水平な凛々しい眉とのバランスがいい。鼻は高く、厚めの下唇は少しかさついているが柔らかいことを、オレは知ってる。笑うと見える歯は一粒一粒が頑丈で大きく、キスをするたび舐めたいと切望したけれど、榛名に求められていないのに自分からそれを仕かける勇気はなかった。

 振り返った榛名をしばらくぼーっと見つめていると、なに、と短く問われて、なんで呼び止めたのか自分でもわからなかったため、なんでもねー、と答えた。
「なんなんですか」
 ふっ、と息をこぼして小さく笑った。榛名のこんな柔らかい顔を見ると、こいつと二人の未来はもうないんだと考えてしまって、泣きそうになった。衝動的に、去ってしまいそうな榛名をもう一度呼び止め、尋ねてみる。
「お前のこと、全然覚えてねーんだけど。オレとお前って、どういう関係だったわけ?」
 しばらく待っても榛名が黙ったままなにも言わないから、怖くなってさらに畳みかける。
「ただの知り合い程度か? それとも深い間柄か?」
 なんと答えるのだろう。好奇心よりはるかに怖さが勝っていて、思わず左手で掛布団を口元へ引き寄せたとき。

「思い出してよ」
 真摯な濡れた瞳でそれだけ告げると、榛名はまた来ます、と言い残し、今度こそ病室から出て行った。
「なんだそれ」
 榛名の足音が遠くなっていくのに比例して、心音は激しくなっていく。
 あいつは嘘つきだ。本当にオレが思いだしたら、困るくせに。
 口の中に残る缶ジュースの甘い後味が、榛名と一緒にいた半年間の記憶をよみがえらせる。オレは急いでベッド脇のペットボトルの水を飲んで思い出の味を消すと、布団に頭まで潜りこんで固く目をつむった。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(6)

「来るなって言ったろーが」
「俺は来ると言いました」
 正確な退院の日時を教えたわけではないのに、朝方、荷物をまとめていると榛名がやってきた。片手じゃなかなか作業がはかどらず、来てくれて正直助かったのだが、もちろんそんなふうに思っていることはおくびにも見せない。

「さっきの子、美人だったな」
「誰です?」
 ワンフロアずつ停止する、医師や看護師や患者を乗せてゆっくり下がっていくエレベーターの、奥の壁に背をつけて声をひそめ、隣の榛名に尋ねると、こちらは見もせず前を向いたまま、クールな声でしらばっくれる。
 荷造りの途中、若い看護師の女が榛名にこっそりメモを渡しているのを見た。オレの退院日時を知ったのは、彼女に聞いたからかもしれない。オレの知らないところで彼女と仲を深めて、連絡先を渡されるような関係にまで進展したのではないか。

「なにふくれてるんですか」
「ふくれてなんかねーよ」
 自分で言うのもなんだが、オレは女性にモテる。第一印象がいいらしい。背は高くも引くくもなく、栗色の髪や白い肌、髪と同色の黒目が大きい。柔らかい印象があるせいで、(慣れると口は悪くなるが)威圧感を与えないのがいいのだろう、とママが分析していた。だから今まで二人でいるときは、榛名が正統派過ぎて声をかけづらいというのがあるからか、第一印象ではほとんどの女性がオレのほうに注目するのだが、稀にこのようなうわっ面だけで人を判断しない、趣味のいい女がいる。

「ついてくんな」
「俺があなたの荷物を持ってるのに?」
「じゃあ返せ」
「返しません」
 病院前のバス停までくだらない応酬をしながら歩き、停まっていたバスに乗りこむ。ひとり用の座席につくと、ぴったり真うしろの席に榛名が腰かけた。

 こんな疑心暗鬼でイライラするのは筋違いだ。記憶を失くしたことになっているが、榛名とオレはもう別れたんだ。オレに嫉妬する権利なんかない。そんなふうに自分に言い聞かせても、頭の中の沸騰は治まらない。オレを振った理由なんてどうせ、やっぱり女じゃないと無理とか、そんなだろ。榛名は元々ゲイじゃない。男を好きになったのはオレが初めてだと言っていた。だからキスよりさきに進まなかったんだ。

 榛名とオレの関係はうまくいっていたと言ったが、問題がなかったわけではない。オレたちは半年間の付き合いで、一度もセックスしなかった。キスですら長くて五秒。抱きしめられても体と体の間に微妙な隙間があった。そんなちょっとした接触が嬉しかったのと同時に、いつまでも縮まらない距離が怖くて怖くてたまらなかった。

 だけどオレにはノンケの気持ちがわからない。人生で初めて同性を好きになった榛名が、心の中でどんな葛藤をしてるのか、同性との性的行為を求めているのか嫌悪してるのか。わからないけれど、いつまでも待てると思った。本気で好きだったから。
 榛名が嫌がることは絶対したくなかったし、榛名がもし男とセックスしたくないって言うなら、一生我慢できると本気で思っていた。愛があるなら、この幸せが続くならなんだってかまわない。

 そういう心持ちでいたけれど、オレに欲望がなかったわけではない。どこかで無意識に誘っていたのかもしれない。オレの内からどろどろした欲望があふれ出して、物欲しげな顔で榛名を見つめていたのかもしれない。それで榛名は怖気づいて、別れを切りだした。やっぱり無理だって。男とはキス以上のことはできないって。キスだって本当は無理してしてたのかも。

 ゲイでない限り、普通は女がいいよな。柔らかくて小さくてふわふわしてて。男のオレにはその要素はひとつもない。今は事故の責任を感じて面倒を見てくれてるけど、オレの怪我が治れば、榛名はオレから離れていってさっきの看護師に連絡を取るのかもしれない。それで彼女に触れて確認するんだ。やっぱり女がいいなって。

 暗い思考に耽りながら、バスを降り、うしろからついてくる榛名を無視して自宅までの道をずんずん歩く。安アパートの鉄骨の外階段をカンカン音を鳴らしながら駆けあがり、鍵を差しこんでドアを全開にすると、遅れて階段を上がってきた榛名に空っぽの左手を突きだした。
「荷物くれ」
 財布と携帯以外の荷物は、榛名が全部運んでくれた。
「そんでさっさと帰れ」
 親切にしてくれた榛名にひどい扱いをしている自覚はあったが、ここまでしないとオレは榛名を振りきれない気がした。
 事故に遭ったのは、お前のせいじゃない。不注意だったオレが全部悪いんだ。責任なんて感じなくていい。とにかくかまわないでくれ。これ以上近くにいられると、好きな気持ちがさらにあふれ出して、榛名に愛されていない現実と向き合えなくなっていく。

 だから、これで終わりだ。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(7)

 決意して立つ、傍若無人なオレの横を通過して玄関に荷物を下ろすと、榛名はうしろからポンポン、とまだ外階段に向かって左手を突きだしているオレの左肩を叩いた。

「風呂はどうするんですか?」
「は?」
「風呂、ひとりで入れないでしょ。右手が使えないと髪が洗えないし」
「はあ……」
 たしかに。
 体ごと振り返ると、榛名が真剣な顔をして語るので納得してしまったが、いったいそれがどうしたという話だ。

「で、なに?」
「俺、毎日通います。史弥さんを風呂に入れてあげるため」
「は……? はあ? ああぁー?」
 三段階で顔を歪めて叫ぶオレに向かって、耳を両手で塞ぎ、近所迷惑だとアピールしてくる榛名の胸ぐらを、咄嗟に左手で掴んだ。
「ふ、風呂に入れるだぁ? なに考えてんだ、お前。絶対来んな、マジふざけんな!」
「なんで?」
「なんで、って……!」

 オレたち別れましたよね!

 どうなってんの、こいつの思考回路。振った相手が怪我してるからって、風呂に入れてやるやつがあるか。つーか、『いつも笑顔で嫌な顔せず対応する』オレが好きだったんだよな。なんでこんな口も性格も悪くなっちまったオレにいつまでも関わってんだよ。別れたいんだろ。二度とくんな。ノンケの考えてることが本気でわからねー……、と言いたいことのひとつも言えない、記憶を失くしてる設定のせいで言葉をぐっと飲みこむと。

「じゃあ、今日はこれで。また明日」
 コートの襟を掴むオレの手を外して、榛名は淡々と別れの挨拶をした。
「マジで来たらぶっ殺すからな」
「お大事に」
 物騒な言葉を口にしたオレを見てふっと笑うと、榛名は外階段を軽快な足取りで駆け降りていった。



「マジでなんなのあいつ」
 朝っぱらから呼び鈴が鳴るから何事かとドアスコープから外をのぞくと、榛名が見える。そのまましばらく見つめていたが榛名が動く気配を見せないので、しぶしぶドアをひらいた。
「なんか用か?」
「史弥さんを風呂に入れるって、昨日話したんですけど」
「こっちは来たら殺すって、言ったよな?」
「あなたが俺を殺すはずないでしょ。中、入っていい?」

 いいわけないだろと思ったが返事はせず、舌打ちをして部屋の中に戻るオレのあとを榛名がついてくる。
「ひとりでできっから、帰れよ」
「ひとりでどうやって髪洗うんですか?」
「…………床屋行く」
「体はどうやって?」
「お前、オレの体まで洗う気か! マジ勘弁しろ、ふざけんな」
「だって現に今、自分で十分に洗えないでしょ? あなたが裸になって誰かに洗ってもらったりしたら嫌だと思って」
 だってとか、嫌だとか、自分から振っておいてなにを涼しい顔して抜かしてるんだ、こいつは。

「だから、脱いで」
 無邪気に事務的に、パーカーの首元のファスナーに手をかけられ、息を呑む。そのセリフを付き合ってるときに聞きたかったとか、妙に冷静なことを考えながら。

「本気か」
「本気ですよ」
「マジで無理」
「洗うだけです」
「洗うだけでも無理! オレ、お前に合わせてストレートだって嘘ついてたけど、本当はゲイだから。お前に裸見られて体洗われたら、確実に勃つから!」

 勘弁しろ。
 聞く耳を持たない榛名に、オレは最後の手段を使った。今までノーマルだと嘘ついてたことはバレてしまうがしょうがない。正直に告白すると、一瞬驚いた顔をしたが、榛名は動じなかった。

「いいですよ」
「なにが」
「勃ってもいいです」
「はあぁ?」
「とにかく脱いで。時間がないんです。俺、午後から大学で講義を受けないといけないから」
 午前中に済ます、と宣言して、オレのパーカーのファスナーを一気に下ろす榛名を、もう止めなかった。というか、止めることができなかった。頭の中が真っ白で、なにも考えられない。まだ一方的に好きな男に着々と服を脱がされながら、心音はどんどん激しくなる。

「下着も自分で脱げません?」
 榛名の声にハッと我に返る。気づけばもうパーカーは脱がされ、スウェットパンツも足首までずり下ろされていた。
「脱げ、る」
 後戻りのできない状況で泣きそうになりながら、そう答えるのが精いっぱいだった。
「お風呂、湯気立てて温めときます」

 なんでこんなことになってんだ。風呂場に消えていく榛名のうしろ姿を眺めながら、左手だけで頭を抱える。脱がされて、このさき裸になって触れられるんだ。付き合ってるとき何度も夢見たことが、現実になっているというのにまったく喜べない。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(8)

「早く」
 ワンルームの部屋だ。風呂場はすぐそこ。蛇口をひねって湯を出した榛名が、扉からひょっこり顔を出して手招きしている。
「まだ脱いでないの? 俺がパンツ脱がしましょうか?」
「脱げるわっ」
 もうどうにでもなれ。ひらき直らなければやってられない。
 榛名が見てる前で左手だけでパンツをもぞもぞ脱ぎ、隠しもせず風呂場に入る。

「勃ってないじゃないですか」
「寒いから縮こまってんだよ!」
「じゃあ温めてあげる」
 風呂椅子に腰かけたオレの足の爪先から、腕まくりした榛名がシャワーの湯を当てていく。
「熱くないですか?」
「ああ」
 榛名は下から全身に湯を浴びせていき、オレの顔をうつむかせると髪を洗い始めた。
「右腕、大丈夫?」
「ああ」
「今度はビニール袋、用意したほうがいいですね。あ、目ちゃんとつむってる? もしシャンプーが目に入って痛くなったら言ってください」
 なぜかすごく楽しそうな榛名の声を聞きながら、オレは言われたとおり目をかたく閉じて、時間が速く過ぎることを祈った。

 今度は、なんて榛名は言うが、絶対次は阻止しなければ。だってもうドキドキしすぎて胸がぶっ壊れそう。こんなことギプスが取れるまで続けられたら、オレの寿命が半分くらいに減ってしまう。さっきは寒いから性器が縮こまってると答えたが、そうじゃない。榛名に裸を見られて素肌に触れられて、興奮するよりさきに緊張しすぎて身体がガチガチにかたまっていた。

「はい、おしまい」
 甘い拷問の時間が終わり、風呂場から出ると榛名にバスタオルで全身をくるまれた。湯を浴び温まったはずの体はほぐれるどころか、風呂に入る前より緊張で固くなっている。ドライヤーのある場所を聞かれ、それは自分でできると断ったが押し切られ、結局、着替えも髪を乾かすのもなにも自分でさせてもらえず、気づけばすべてを時間内にこなしたことで満足げな榛名を玄関まで見送ることになっていた。

「じゃあ、また明日」
 抜け殻のオレにやりきった笑顔を見せ、榛名は出ていった。
 あいつ、明日もまた来る気か。
 外から閉じられた玄関ドアを見つめたまましばらく経って、ハッと抜け殻状態から抜け出す。
「待てこらーっ」
 ドアをひらいて近所迷惑も考えず叫ぶと、もうすでに一階まで降りていた榛名が振り返ってオレを見上げた。外廊下の柵から身を乗りだし、真下にいる榛名に忠告する。
「明日はいい。ちなみに、明後日もしあさってもずっと来なくていい!」
「どうして? 自分で洗えないでしょ」
「もう洗えなくていい。くさくていい。つーかお前に洗われるぐらいなら、くさいほうがいい!」

 左手で顔目がけて指さしてやると、ハハ、と榛名が大粒の歯を見せて軽快に笑った。
「俺はくさい史弥さんは嫌です」
「ふざけんな。お前が嫌でも関係ねーだろ。オレはお前の所有物じゃねーんだよ」
「そうだった?」
 そうだった、って――。

 陽の光を仰ぐようにまっすぐ見上げてくる榛名から咄嗟に目をそらす。なんだよ。所有物なんかじゃねーよ。お前が振ったんだろ。お前がそうじゃなくさせたんだろ!

「嘘。俺、くさい史弥さんも好きだよ」
 混乱がまだ治まってない中、とんでもないセリフが耳に届く。
「はあ?」
「とにかく明日も明後日もしあさっても来ますから。風呂に入らないと体がかゆくなってつらいですし」
 最後にどうでもいいことを言って去っていく榛名のうしろ姿を見つめながら、オレはまだひとり混乱していた。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(9)R-18

 週末、人のあふれる夜更けの街角で、通い慣れた地下に続く細い階段を、約一か月ぶりに下りていく。繁華街の外れにある雑居ビルの奥底に、オレの勤務先のひとつであるゲイバーがある。

「おかえりー!」
 重い扉をひらくと、中にいる店員も客も皆、待ち構えていたように一斉に声をあげた。
「た、だいま」
 その盛大な歓迎ぶりにちょっと照れながらも言葉を返すと、今度は歓声とともに拍手が送られる。
「マジ勘弁して、そういうの」
「なーに照れてんのよ、ほら、みんなアンタを待ってたんだから、ちゃんと挨拶なさい」
 ママに促され、扉から一歩前に進んで頭を深く下げる。
「ご迷惑おかけしました。また今日からよろしくお願いします」
 上体を起こすと、周囲はまたわーっ、と盛り上がり、ポンポンポン、とクラッカーとシャンパンのふたが開く音がそこらじゅうで鳴り響いた。

 今日は、バーの仕事の復帰一日目。まだ腕を固定していたギプスが外れて三日しか経っていないため、カクテルを作ることもままならない状態なのだが、ママが長期休養しているオレの懐具合を気づかってくれて、アンタは店の顔なんだからカウンターに立ってるだけでいい、と早々に復帰を提案してくれたのだ。ちなみにカフェのほうは仕事自体がハードなため、こちらも店長が気づかってリハビリが終わるまでゆっくり休んで戻ってきなさい、と言ってくれている。
 初日だが雑用だけでもこなそうと気合いを入れてやって来たが、今日はみんながオレを気づかってくれて、とても働ける雰囲気ではなさそうだ。

「やっぱりアンタがいないとダメね。昨日まで閑古鳥が鳴いてたのに、史弥が戻ってくるって言っただけでこの盛況ぶりよ」
「大げさだな。今日が週末だからだろ」
「大げさなんかじゃないわよ。最近来てなかったお客さんたちも、みんな心配して集まってくれたんだから」
 カウンター内にいるママからウインクを飛ばされたテーブル席の客が、片手を上げて笑顔を返している。オレは仕事仲間と客たちに挨拶して回ってから、今度こそ、とカウンターに入ろうとしたら、今日はそっち、とママにカウンター席の隅っこに座らされてしまった。壁にもたれながら甘いピニャ・コラーダをちびちび飲んでいると、ママが顔をのぞきこんでくる。
「史弥、なんだか元気ないわね。入院してたときに比べたら体重は元に戻ったみたいだけど、なんか表情に覇気がないじゃない」
「はぁーあ」
「やだっ。ため息なんて吐いちゃって」
 そりゃ元気もなくなる。あいつはいったいなにを考えてんだか。

 榛名はオレが退院してからギプスが外れるまでの約三週間、毎日うちにやって来た。目的はもちろん、オレの風呂を手伝うため。大学の講義の合間を縫って、朝か昼か夕方か、来る時間はその日によってまちまちで、いつも油断してるときに呼び鈴が鳴るのだ。
 毎日、玄関口でひと悶着。そして毎度オレのほうが押し切られて家に上げてしまう。ここまではまあ許す。でも風呂! 風呂だけは勘弁してくれ、とこれも何度言ったかわからないことを毎日繰り返したが、結局最後は髪まで乾かされている始末だ。
 事故に遭った翌日から、入院期間も含めてオレは毎日榛名と会っていた。付き合っていた頃より確実に一緒にいる時間が長い。
「どうなってんだよ、くそ」
「なにがなにが?」

 カウンターテーブルに突っ伏していると、二つ年上の仕事仲間の翔ちゃんが、隣のスツールに腰かけてオレの肩をポンポン叩いた。
「なぁ翔ちゃん、経験豊富なあんたに聞きたいことがあんだけど」
「おう、なによ」
「自分が振ったヤツに毎日会いに行って、風呂で体洗ってやる心理ってどうなってんの?」
「は? なにそれ」
 誰のこと? と聞かれ、榛名と付き合ってたことはみんなに内緒にしていたため、知り合い、と答えて簡単な状況を説明した。
「ってことはなに? 元彼と毎日一緒に風呂入ってるってことか?」
「一緒に入ってるわけじゃなくて、事情があって、洗ってもらってるだけ……」
「その事情って、骨折以外に考えられないんだけど」
「…………」
「まあいいや。オマエの知り合いの話ってことにしといてやる。で、その元彼が毎日、家にやって来て体を洗ってくれると。それはエロ目的以外考えられないだろ。別れたあとそいつが骨折したのをいいことに、身体の関係だけ都合よく継続しようって魂胆だな」
「あいつはそんなやつじゃねーから。それに付き合ってたときは肉体関係なかったから。あ、今だってねーけど」
「は? ないってまさか、本当にただ体洗うだけでおわり? オマエ洗ってもらってて勃たないのか?」
「勃つよそりゃ」

 初めのうちは緊張しすぎてまったく勃起しなかったが、毎日毎日同じことが続くとだんだん慣れてきて、榛名に見られながら柔らかいスポンジで身体をこすられると、反応するようになってきた。というかもう最後の三日ぐらいは服を脱がされる前から期待して勃起してたわけなんだけど。
「で、勃ったらどうするんだ? そこから普通はセックスするだろ」
 普通は、そうなのかもしれない。だけど。

『史弥さん、勃ってる』
『はぁ……、オレはゲイだから、男にこんなふうにされたら、勃つって、言った、ろ……、あ、ぅ……』
『男なら誰でもいいんですか』
『そうだ、オレは淫乱、だから、な……っ、ぁん……』
『淫乱だったら脚閉じないでください。ほら、ちゃんと自分でひらいて』
『あぁ、だめ、見んなっ』
『淫乱なんでしょ? 見られたら感じるんじゃない?』
『ひ、ゃあ……、ふ、あはぁ……っ』

 榛名も榛名だが、オレもなにをやってんだか。風呂場でのシャワープレイを思い出して赤面してると。
「真っ赤な顔して、史弥はなーにエロいセックス思い出しちゃってるの?」
「だからしてねーんだってば! セックスは」
「じゃあなに? 風呂場でオナニーのお手伝いされただけ?」
「さわられてもねーから。シャワー当てられてイカされただけ」
「なにその愛がないプレイ」
 翔ちゃんの言葉が心にグサッと刺さる。

 そうだよな。愛がないよな。榛名がオレを振ったのは、やっぱり男の性器に触れたくなかったからなのかもしれない。風呂場で勃起してもいいとは言ってくれたが、榛名は直接そこに手で触れることはしなかった。気の毒に思ったのか気を使ったのか、射精まで導いてはくれるのだが、それはいつもシャワーの水圧での快楽だった。実物の榛名を前にして得る快楽は強烈で、事後冷静になると、気持ち良すぎたぶん、毎度やるせなさが襲ってくるのだ。
「マジでなにやってんだろ、オレ」
「知り合いの話じゃなかったっけ」
「あ」
 しまった、という顔をしたら、翔ちゃんが隣で大笑いしだした。
「おまえって口が悪くて、鋭いこと言ったりするからしっかり者に見えがちだけど、案外抜けてるし、嘘が下手なんだよ」
 あ、もちろんいい意味でな、と最後に付け足して、翔ちゃんはまたフロアの仕事に戻っていった。

 オレは嘘が下手なのか。付き合っていた半年間、榛名の前でうまく自分を作り上げてきたつもりだったが、どこかで不備が出ていたのかもしれない。それが原因で振られたのかも。
 入院時からずっと続いている、答えの出ない破局原因を探る暗い思考がまた脳内を侵し始めたとき、空いたばかりの隣のスツールに、スッと人が滑りこんでくるのが視界の端に映った。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(10)

「久しぶり、史」
「あ…………、達くん」

 隣で微笑む達くんと正面から目が合った瞬間、オレの体のどこかでスイッチが入った。
 これは達くんを前にしたときに感じる、いつもと同じ感覚。首のうしろから背中にかけてもう一本背骨が追加されたみたいな、ほかの誰といるときも感じない、特殊な緊張感で体が硬直する。
「事故に遭ったんだって? 知らなくて見舞いにいけなくてごめんな」
「たいしたことなかったから。すぐ退院したし」
「もうよくなった? 右腕だっけ? 骨折したの」
「うん、もう全然、平気。動くし……、痛てっ」
 右腕をぐるんと回したら壁にぶつけてしまう。
「無理すんなよ、バカ」
 苦笑する達くんにおでこを軽く小突かれ、オレも伏し目がちに笑った。

 達くんはオレの四つ上で、幼なじみであり、義兄になるはずの人だった。なるはず、というのは、達くんと許嫁だったオレの姉貴との結婚が白紙になったから。
 達くんと姉貴は同い年の幼なじみで、小さい頃から親同士が二人を結婚させようと画策する中、本人たちもまあまあ乗り気、という田舎町にありがちな美男美女のカップルだった。
 でもオレが高校生のとき、二人は十五年来の約束だった結婚を取りやめにした。その原因は、オレにある。

「育実やおじさんおばさんは、史が事故に遭ったこと知ってるのか?」
「言ってない、から」
「そうか…………。ごめんな」
 どうして謝るんだ。達くんが謝ることなんてなにもないのに。そう思ったが口には出せず、オレはまだ気弱な笑いを顔に乗せたまま、首を横に振ることしかできなかった。
「でもたいしたことなくてよかったな。これからはちゃんと前見て歩けよ」
「うん」
「達ちゃーん、来てたのね! そんなとこでこっそり飲んでないで声かけなさいよ」
 うしろから化粧をした大きな男性が現れて、達くんの背中にがばっと覆いかぶさる。やめてくれ、と大笑いしながら抵抗する達くんは、オレにじゃあね、と目配せしたあと、テーブル席に拉致された。
 誰にも気づかれないよう、小さく息を吐く。緊張していた体から、ゆっくりと力が抜けていくのがわかった。

 達くんはこのバーの人気者だ。生粋のゲイでなくバイセクシャルであるにもかかわらず、たまに店に来るといつも引く手あまたで、誘いを断ってる場面を何度も目にしたことがある。田舎育ちには見えないスラリとした都会的な見た目と明るく洗練された会話術で、彼を好みでない男たちでさえ魅力にはまると噂だ。
 はっきり言って、オレはそんな達くんが苦手だ。苦手だけど彼に抗えない。達くんはいつも優しくて、オレに命令したり喧嘩を吹っかけてきたことなど一度もないが、オレは達くんを前にすると、借りてきた猫のように普段の威勢が殺がれてしまう。

「こらっ、ここで寝るんじゃないわよ」
 ママの一喝で、浅い眠りからハッと目を覚ます。考え事をしながら、いつのまにかカウンターに突っ伏していた。
「ごめん。落ちてた」
「久々に飲んだから疲れちゃったのよ。無理も遠慮もしないで、仕事はアンタが出てこれるときに来なさい。ただし、次来たときはこき使っちゃうから覚悟して来なさいね」
「うん。ありがと」
 ママに優しく店から追いだされ、地上に続く階段を上りきったところで、背後から肩を叩かれた。
「送ってくよ」
 酔いと浅い眠りから覚めきっていなかった頭が、きゅっと覚醒する。

「大丈夫。ひとりで」
「おれが心配なんだよ」
 ふっと笑う達くんに合わせてぎこちない笑顔を返しながら、でも、と言葉を探す。
「友達と会う、約束してるから」
 咄嗟に嘘を吐いた。
「これから?」
「うん。ちょっと」
「そうか。じゃあ気をつけて」
 ちょうど通りかかったタクシーに手を上げ、これ、と一万円札を一枚手渡される。
「電車は心配だから、待ち合わせの場所までこれ使って行きなね」
「多いよ、こんなに」
「飲食代の足しにでもして。久々に会えて嬉しかった。友達によろしくな」

 オレを半ば強引にタクシーに押しこみ、達くんは窓の外から笑顔で手を振った。翔ちゃんに嘘の下手なやつだと言われたことを思い出す。達くんにもバレてるのだろうか。友達と会うという約束が嘘だということが。きっとバレてる。敏い人だ。そして達くんはどう思っているのだろう。オレが嘘をついてまで達くんと離れたいと思っている事実に気づいて。

 借りを作ってしまった。達くんはじわじわとオレのテリトリーに入ってくる。地元の大学を卒業した達くんも、就職のために東京に出てきていることは知っていた。彼が一年前、偶然オレの働くこのバーに現れたときは、心臓が止まりそうになるほど驚いた。達くんのほうも驚いた顔をして、少し決まり悪そうに『田舎ではカミングアウトできなかったけど、実はおれバイセクシャルなんだ』と告白した。

 そしてそんな再会を経て、また避けられない交流が始まってしまった。タクシーの後部座席で手渡された一万円札を握りしめ、ため息とともに深くうなだれると、思い出したくない過去の記憶が脳内にあふれ出してきた。


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りんこそ

Author:りんこそ
宗川倫子(そうかわりんこ)
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