嘘でくるんだ愛のなかみ(30)

 前日のイブがパーティーのため、クリスマス当日のバーはそれほど客が入らない。昨日来られなかった客たちがぽつぽつと店に訪れ、静かに飲んでは帰っていった。そして店に客がいなくなった瞬間、ママが鬼の形相になる。

「なんで昨日は休むって、ひとこと連絡寄こさなかったの!」
「ごめん、ママ」
 素直に謝ると、無事だったからいいけど、とママは安堵のため息を吐いた。ママは、オレが忙しい日に無断欠勤したことを怒ってるんじゃなく、普段サボることをしないオレの安否を心配してくれていたのだ。
「また事故に遭ってたらどうしようって、翔たちと心配してたのよ」
 今日はシフトに入っていない翔ちゃんやほかの仕事仲間にも謝罪の電話をかけた。みんなに迷惑と心配をかけて本当に申し訳なかったと、今は思う。昨日はいろいろなことが起こりすぎて、仕事のことを完全に忘れていた。音を消していた携帯の着信をあとで確認して、青くなった。

「で、昨日はいったい、どこでなにしてたの?」
「へ?」
 なにしてたかは、話せないんだけど。
「ちょっとぉ、なに赤くなってんのよ。もしかしてあんた、バーが一年でいちばん忙しいクリスマスイブに、恋人とラブラブな夜を過ごしてたんじゃないでしょうね」
「いや、ち…………」
 違う、とは言いきれず、赤い顔でママから目をそらしたとき、扉がひらいて客が入ってきた。助かった、と思ったのも束の間、その客は榛名と達くんだった。
「あら、いらっしゃぁい。イケメン二人がそろってご来店なんて、今日はいい日ね」
 瞬時に浮かれて表情を変えたママに解放される。カウンター席に座った二人の前に、ちょっと緊張しながらコースターとおしぼりを置いた。
「店の前で偶然会ったんだよ」
「そうなんだ」
 教えてくれた達くんの目を見て頷く。この前ちゃんと話をしたことでお互いに向き合うことができたから、達くんのことをもう怖いとは思わなかった。

「おせっかいだったのかもしれないけど」
 二人の前にグラスビールとジンジャーエールをおいたところで、達くんが言いにくそうに切り出した。
「ちょっと前に育実から電話があってね、彼女とは別れたあとも腐れ縁というか、仕事関係で繋がってるから時々連絡するのだけど。それで、史が事故に遭ったことを話したんだ」
 一瞬、胸のあたりが涼しくなった。姉貴は突然そんなことを報告されて、どんな反応をしたのか。不安で怖くなったけど、以前のように耳を塞いで逃げるという選択肢はなかった。今は姉貴の返事をちゃんと聞いて、受け止めたい。
「姉貴、なんて言ってた?」
 まっすぐ達くんを見つめると、ふっと笑みをこぼして見つめ返してくる。
「そんなときくらいは連絡をよこしなさい、だってさ」
 それは達くんに言ったのか、オレに対する直接のメッセージなのか、達くんもそれ以上はなにも聞いていないらしくわからなかった。勝手に野垂れ死にされたら迷惑だから、理由はそんなことかもしれない。だけど、この重い重い岩もいつかは動かすときが来る。そうやって少しずつでも前に進んでいきたいと、今は思えた。

「ありがとう。おせっかい焼いてくれて」
「どういたしまして」
 照れ隠しに冗談めかしてお礼を言うと、達くんもそれを受け止めて返してくれた。ただ十年近く避けていた相手と、まともに目を見て話し続けることがなんだか照れくさい。達くんもたぶん同じ気持ちなんだろう。二人にしかわからない微笑みを交わし合っていたら。

「俺たち付き合うことになりました」
 会話の流れを無視した榛名の唐突な宣言に、一瞬、場が固まる。
「は? 誰と誰が?」
「史弥さんと俺が、です」
 ママの冷静な問いかけに、榛名も淡々と返す。
「え、そうなの?」
 達くんとママが今度はオレに問うてくる。
「いや、あの、まあ……、はい」
 隠す理由もないので正直に答えると、ママと達くんは驚いて見せ、すぐ喜んで祝福してくれた。

「いつそんなことになってたのよぉ」
「昨日です。俺たち元々付き合ってたんですけど、一旦別れて。その直後に史弥さんが事故に遭って。彼が俺の記憶を失くしたふりしたりしてたんですけど、でもいろいろあってまた付き合うことになったんです」
 すました顔で簡潔に洗いざらい話した榛名を、オレも含めた三人がぽかんと見つめる。別に口止めしたわけじゃないが、こういうことはオレにひとことあってからみんなに話すもんじゃないのか。昨日といい今日といい、なんの相談もなく勝手にペラペラ大事なことしゃべりやがって。冷静になると怒りがふつふつこみ上げてきて、二日連続の榛名らしからぬ独りよがりな行動に文句のひとつも言ってやろう、と口をひらきかけたとき。

「だから、史弥さんに手、出さないでくださいね」
 スツールの座面をくるりと回転させて、榛名は達くんに向き合った。唐突に忠告された達くんは、しばしまばたきを繰り返して沈黙していたが、言われたことを理解したのか、派手に噴きだしてカウンターに突っ伏した。
「今の、本気で言ったんですけど」
「アハハ、わかってるわかってる。手を出さないよう、気をつけるよ」
 ヒイヒイ笑いながら、でも最後はちょっと真面目に言って、達くんは榛名の肩を叩いた。
 独りよがりに付き合ってる宣言をし、達くんに釘を刺したわけ。どうやら榛名は、達くんをライバル視しているようだ。

 そういえば。よくよく思い出してみる。
 あの雨に濡れて達くんにアパートまで送ってもらった日、あとから訪問してきた榛名はオレに、達くんとの関係をしつこく尋ねてきた。あれは嫉妬だったのか。オレも榛名と達くんを近づけたくなくて必死で関係性を隠そうとしたから、余計に怪しく思ったのかもしれない。
 そのあと厳しく問いつめられたことで、家族のことも達くんとの関係も全部吐かされることとなり、榛名は榛名で事故前にオレたちが付き合ってたことを暴露し、最後は追いつめられたオレがブチ切れして榛名を追いだす結果となったわけなのだが。

 あんなことになったのは、榛名が達くんに嫉妬したからとか、あのときのオレを見つめるゾクゾクするような冷たい視線がただのヤキモチによるものだったとか、そんなとろけそうな夢みたいな話があってたまるものか。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(29)R-18

「お前、なぁ……っ」
「痛たっ、ごめんなさい」
 冷静になると怒りがふつふつ湧いてきて、手は拘束されて使えないためキスを止めない榛名に頭突きをかました。
「半年分の欲望が、変な方向に暴走してしまいました」
 にこやかに頭を下げる榛名をにらみつけ、とにかくさっさとナニを挿れろ、と再三の色気のない要求をしたら。

「史弥さんって、いつも受け入れる側なの?」
「は?」
「さっきも挿れやがれ、って言ったけど、そういうのってなんの相談もなしに決めるものなの?」
 男との経験がない榛名から唐突に質問されて、まさか、と問い返す。
「お前、オレに挿れられてーのか?」
「いや、挿れたいほうなんですけど、史弥さんはそれでいいのかなって、ふと思って」
「いいよ」
 あっさり答えると。
「そんなに迷いがないのは、今までも受け入れる側だったからですか?」
「いや……」
「じゃあ、挿入する側だったの?」
 意外、と言いたげな顔で見下ろされ、答えたくはなかったがもう嘘を吐くのはこりごりなので、鼻の頭に皺を寄せて、首を横に振る。

「え、どっち?」
「どっちもねー」
「へ?」
「挿れたことも、挿れられたこともねー、っつってんの」
 ぽかん、と口を開けた間抜け顔をさらす榛名を押しのけ、オレはうつぶせになった。
「悪いかよ、童貞で」
 さっさとしろ、と尻を浮かせ、真っ赤に染まった顔を枕に突っ伏す。
「お前に話した、小学校の頃の達くんとの戯れ程度の経験しかねーんだよ」
 悪いか、と一度だけ振り返り、まだ驚いた顔をしている榛名をにらみつけて、涙目で訴えた。
「ちゃんと洗ったから、さわってくれよ」

 別れを切りだされる前、セックスがしたいって、ずっと怖くて言えなかった。男はなくても女性とは経験している年下の榛名相手に、どのように求めたら応えてくれるのか、恋愛経験のないオレには、なにが正解なのかわからなかった。大好きな榛名に拒絶されたら、やっぱり無理って途中で放り出されたら。そんなまだ起こってない暗い想像ばっかりして、一歩前に進む努力をしなかった過去をもう二度と繰り返したくない。本当の気持ちを伝え、尻を揺らして欲望をさらけだす。

「史弥さん相手の妄想と下調べはたくさんしたけど、俺も男の人は初めてだから、痛かったり辛かったりしたら、ちゃんと言ってください」
 少し上ずった声の真摯な呟きに、拒まれなかった安堵からホッと息を吐き枕に伏せる。震えてるのか揺らしてるかわからない、微動する尻を両手で掴まれ、大きく左右に割られた。
「中、すごくイヤらしい。さわってないのに震えてる」
 こいつはオレより若いくせに、またオヤジみたいなことを。
「うっせーよ! さっさとさわ、れ……っ、ぁは……っ!」
 穴にフッと息を吹きかけられ、腰がしなる。直後、ローションだろうか、ぬめったものをまとってゆっくりと侵入してきた指をきゅっと締めつけた。
「史弥さん、力抜いて」
「わかっ、てるっ」

 ふー、と自分も息を吐いて、下半身から気をそらすと、触れられたことのないさらに奥へと長い指が入ってくる。痛さは無いが違和感がすごい。
「榛名……」
 怖くなって顔を伏せたまま名前を呼ぶと、伸び上がった榛名が、指をオレの内部に収めたまま肩口にキスしてくれた。
「痛い、ですか?」
「平気、……ぅ、ふぅ……っ」
 唇が肩から背骨をまっすぐたどって下りていく。腰の真ん中を舐められるとズシンと下半身に響いて、その反応を見た榛名が執拗に同じ場所を舐めてくる。
「あ、っぁー……っ」
 内側の指をぐるっと一周させたあとは、時間をかけて何度も出し入れされた。そうやって往復を繰り返されると始めに感じていた違和感は薄れていき、さらに時間が経つとすっかり消え去った。
 指で粘膜をこすられることに慣れたら、そこには体験したことのない甘く痺れるような別の感覚が生まれ始めていた。股の間にぶら下がる性器を空いた手で握られると、ぬるい痺れに直接的な快楽が上乗せされて腰が大きく揺れた。
「前とうしろ、両方がいいですか?」
「ぃ、ああっ、……いいっ」

 一度射精して萎んでいた性器は、榛名の手でこすられるとまた簡単に膨らんだ。前をいじられる快感がうしろにも移ったのか、尻の中をかき回されるのがたまらなく気持ちよくなってきた。中を弄くる榛名の指はいつのまにか本数が増えていて、遠慮がちだった動きも徐々に激しくなっていく。
「あ、あー、だめっ、それ、イキそ……っ」
 切羽詰まった声を上げると、榛名が前だけ解放してくれた。性器に触れられてないのに、もう内部の刺激だけで射精しそうなほど気持ちがいい。根元までぎっちり埋まった指をぎゅっと締めつけながら、はしたなく腰を上下に動かす。まだ足りない。もっと奥まで欲しい。
「あ、あ、榛名、榛名ぁ……っ」
 顔だけ振り返って欲しいと訴えると、指が勢いよく引き抜かれた。
「史弥さん……」

 背中に覆いかぶさってきた榛名に、そのまま、と尻を突きだして挿入を促す。あまりに積極的だったからだろう。本当に初めてですか? と聞かれた。だけど人間、恥じらいも体裁も捨てて欲望をむきだしにすれば、最初からこんなもんなのだと思う。
 指とは質感が違う硬くて大きいものが、穴の入り口にあてがわれる。一瞬、頭の中に恐怖が戻ってきたが、汗で濡れたうしろ髪に優しくキスされて、怖さはまた一瞬でどこかへ去った。いちばん太い先端が、ぬっと入り口をこじ開けて中に入ってくる。内部の粘膜を幹の全体でこすりながら、奥へ奥へ。中程まで来ると動きを止めた榛名の汗が、背中にポトリと落ちてきた。

「なに笑ってるんですか?」
 背中に落ちた水の感触がくすぐったかったのだ。そう伝えると、榛名も愛おしそうに笑った。その瞬間、榛名と繋がってることを急激に、はっきりと意識した。草原に風が吹き抜けるような爽快さで、快楽が全身を駆け抜ける。
「あ、あーっ」
 さらに奥へ。榛名の一部がオレを突き抜ける。行き止まりまで到達すると、また出ていってしまう。オレは榛名を放したくなかったのか、無意識に内部を絞めつけていたようで。

「史弥さん、力抜いて」
「わかってるっ、ぅ……っ」
「そんな絞めたら、出し入れできないでしょ」
「うぅ、ふ……っ、ぁ、はっ、はあ……っん」
 ずるずると出ていく肉塊の存在から意識を離していたら、ギリギリまで引き抜いてまたいっぱいにされた。離れてはまた満たされ、何度も硬い棒で内側の粘膜をこすられると、だんだん下半身の感覚がなくなっていく。ずっと気持ちいい状態が続きすぎたせいで、頭の中がピンクに染まって、快感以外のなにも感じられなくなっていたとき、胸にピリッとした新たな刺激が落ちてきて、ひらきっぱなしの口から自分のものとは思えない甲高い声が漏れた。
「やぁぅ、は……っ、んんーっ」
 ずっとさわられてなかったくせに、そこは硬く尖りっぱなしで、親指と人差し指で挟まれ、ぎゅうー、と摘まれるとたまらなかった。ビリビリと痺れるような胸の刺激に腰が浮いて、一定の速度で抽挿を繰り返す榛名の動きに合わせ、尻を前後に揺らしてしまう。

「はぁ、史弥さん……、なんでそんな、いやらしいん、ですか」
「るせーっ、んはぁ……、は、ああ、やらしくて、悪い、か……っ、ぅうっ」
「悪くないです、エッチな史弥さん、好き」
 だんだん二人の息が合い始め、尻に腰を打ちつける乾いた音が室内に響きわたる。パンパン、と手を叩くような爽快な音がだんだん速くなって、オレはもう動くこともままならず、榛名に奥まで突き刺してもらえるよう、ただ尻を高く掲げた。
「あー、ぁやっ、そこ、っアン……っ」
 挿入の角度が変わる。榛名の性器が、往復の途中で通過するある一点に硬い亀頭がこすれると、腹の下が疼くような、新たな快感が生まれる場所があった。
「ここ、ですか?」
「あああーっ! そこ、やめっ、ろ……っ」
 その場所に狙いを定めて、榛名が浅いところで抜き差しする。だめ、と言ったのに執拗に責めたててくるから、オレは乳首をきつく搾られながらあっさり射精してしまった。
「ぅう、ゃ、へんっ、たい野郎がっ……!」
「あ……、ごめんなさい。またイッちゃいましたね」
「てめー、許さねーっ」
 まさかオレがこんな簡単にイクとは思わなかったのだろう。謝られると余計に恥ずかしくて、文句をぶちまけてやろうと、中に埋まったままの性器を抜こうとしたら、ぐっと腰を進められて、いちばん奥までみっちり挿入されてしまう。
「あんっ、抜けコラ、榛名ぁ……っ」
「待って、もうちょっとだけ」

 背中に覆いかぶさってくる榛名にお願い、と低く甘い声で囁かれると、今イッたばかりなのに、またむくむくとしたい気持ちが湧きあがってくるのだけど。
「も、無理、あ、あっ、やぁ……っ、んっ、んーっ、あ、ああぁ、あぁ」
 射精してゆるんだ内部を、さっきと同じように激しく奥まで突かれる。あまりに強い快感に怖くなって前に逃げようとしたら、咄嗟に掴まれた手首を背後に引っぱられ重心がうしろに傾く。
「だ、めっ……だぁ、あぁ、んっ、は、ああぁっ」
「史弥さん、逃げないで」
 切羽詰まった声で懇願されると、一瞬で身体も心もぐずぐずになってしまう。求められてる。榛名がオレを欲しがってる。それを感じた瞬間、またオレは無意識に榛名のものをギュッと絞めていたらしい。
「は……っ、そんな絞めたら、イッちゃう、でしょ、ほら、もっと、力抜いて」
「む、り、つーか、イケよっ、ばかぁっ、あああっ、あ……っんんっ」
 狭い内部を抉られ、奥ばかりを硬い先端でズンズン突かれ、オレは榛名が中で射精した直後に、ひらきっぱなしの口からよだれを垂らしながらまたイッてしまった。膝が崩れ、ペタンとうつ伏せになるオレの上に、榛名が覆いかぶさってくる。
「ごめんなさい、なんか、すごい、興奮して」

 息を切らして反省する榛名の重みを感じながら、オレは幸せを噛みしめた。
 二人分の汗と精液で体中がベタベタで不快なのに、今まで二人で過ごしてきたどんなときより満たされている。もぞもぞ動いて顔だけ上を向くと、オレを見下ろす榛名と目が合った。チュ、と音を立てて唇に触れられ、赤くなりつつキスを返す。首が疲れて再び枕に突っ伏すと、耳やうしろ髪やうなじにたくさんキスが落ちてきた。幸せな気分で背後からの愛撫を受けていると、だんだんまぶたが重くなってきて眠りに落ちかけた、その直前。
「もう放さないから」
 榛名の柔らかい声が耳元で聞こえた気がした。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(28)R-18

「ずっと史弥さんとしたいって思ってました。だけど、勃つ自信がなかった」
 正直に伝えられ、一瞬胸に痛みが走る。
「あ、勘違いしないでください。史弥さんが男だから勃たない、って意味じゃないですよ?」
「じゃあ、どういう意味だよ」
「好きすぎて」
「好き、はあ?」
「手を繋ぐだけで心臓が痛くなるくらいドキドキして、キスなんか唇をただ触れ合わせてるだけでも、頭がクラクラしてたんですから。裸の史弥さんを見たら勃起どころか、鼻血出して倒れるに決まってるでしょ。そんなだからセックスなんてできないと思ってたんです」
「はあああ?」
 なんだそれ。

「じゃあ、オレがずっと悶々と考えてたのはなんだったんだよ。手を出されない理由はオレが女の体を持ってないからだって悩んでたのは、ぜーんぶ無駄だったっつーことか」
「え、そんなことに悩んでたんですか? くだらない」
「くだらない言うな! つーか、お前がその勃つ自信がない理由を教えてくれたら、オレだってあんなに悩まなくて済んだだろーがっ」
「いや、史弥さんのことだから、もし俺がちゃんと話していたとしても『本当は男相手だから勃たないんだろうけど、遠慮してオレに本当のことを言えないから、そんなふうに気を使ってくれたんだ』とか言葉の裏側を探って、どんどん悪いほうにぐるぐる考えて同じ結果ですよ」
 断定されてイラッとしたが、オレの思考のパターンをうまいこと捉えているため、ひとことも言い返せない。

「じゃあ、今は勃つのかよ」
「史弥さんが骨折してくれたおかげで、何度もお風呂に入れて裸を見て、自分に耐性つけましたから。鼻血も出さないし、確実に勃ちます」
 こいつはなにを自信持って宣言してるんだ。呆れながらそこで、ひとつの可能性に思い至る。
「もしかして、耐性つけるためにオレを洗ったんじゃねーだろうな」
「まさか、史弥さんのためですよ」
 ひょうひょうと言ってのける榛名を睨みつけつつ、そこでまた新たな疑問が生まれる。
「つーか、あのときになんで手出してこなかったんだ?」
 シャワーを当てられて何度もイカされたが、榛名は一度も直接はオレの体に触れてこなかった。
「ああ、別れてましたから。付き合ってない人とそんなエッチなことしちゃダメでしょ?」
「そんだけの理由?」
「それだけです」
「マジかよ……」

 拍子抜けして脱力した瞬間、目尻に榛名の唇が触れた。柔らかい感触が頬と鼻の頭にも落ちてきて、そのまま顔の表面を滑るように唇にたどり着く。ふ、とこぼれた息は、密着した榛名の唇に吸われた。一文字に結んだ上唇と下唇の隙間を舌でスッとなぞられ、背中がベッドから浮き上がる。頑丈な肩を掴もうと空に伸ばした手を取られ、両手はベッドに縫いつけるように拘束されてしまった。

「んー……ぅ、んっ」
 唇を触れ合わせている間、ずっと呼吸を我慢してたせいで、鼻から変な声が漏れてしまった。榛名の舌先が歯の表面をつるつる舐め、柔らかい上唇の裏側を吸うように引っぱられる。
「や、め……っ、んぅー……ぅっ」
 ひらいた歯の間から舌が侵入してくる。舌の裏っかわの付け根をぐりぐり舌先でいじられて、思わず首がのけぞった。抵抗できないままで口の中を榛名に支配され、つむった目の内側には快楽の涙が溜まっていく。
「ん、ぁはっ……」
 解放されて目を開けると、涙の水ごしに榛名の男っぽい顔が見えた。
「キスだけで、もう」
 繋いだ手が導かれたさきは、榛名の昂りだった。そこは自分と同じように、すでに形を変えている。

「もう、しようぜ。さっさと」
 色気のない誘い方をしてみたら、榛名がぷっと噴きだした。
「エッチな顔でそんなこと言われたら、焦らしたくなるんですけど」
「はあ? ふざけんなっ。さっさと挿れやがれ」
「そんなもったいないことできません。史弥さんのこと、隅々まで全部味わってから食べてあげます」
 オヤジみたいなことを真面目くさった顔で言いやがって。
「そんな余裕あんのかよ」
 慣れたふりで挑発してみると。
「あなたのために、がんばります」
 クサい殺し文句が返ってきて、照れ隠しでにらみつけた顔は、二度目のキスであっという間にぐずぐずにとろけた。


 濡れた乳首が空気に触れてひんやりしている。榛名に舐められ、唾液で滑りのよくなったその乳頭を指の腹でぐにぐにとつぶされると、薄くひらいた唇から小さな声が漏れてしまう。
「ぁ、ふ……、ぅっ」
「史弥さん、気持ちいいですか?」
「る、せー……、っ」
 満足げな榛名と目が合って、すぐさま腕で自分の顔を隠す。さっきから同じところばかりいじられるせいで、オレの腰はぐらぐら浮いて誘いまくってるというのに、榛名はそのなんの面白味もない平たい胸から下に移動してくれない。

「もう、そこいらねーからっ、下もさわれよ!」
「嫌です。ここいじめると史弥さんがかわいくなるから、もっとしてあげる」
「ぃあ、は、んっ……」
 はむ、と唇で小さな乳頭を挟まれ、舌先でちろちろ舐められる。その熱く柔らかい感触の一方で、もう片側の乳首は爪の先でカリカリと執拗に引っかいてくる。もたらされる快感の左右差に頭の中がぼんやり霞んでく。
「や、め、ぅ……っ、はぁ」
 胸に落ちる榛名の頭を両腕で抱えながら、気づいたら猿みたいに腰を振っていた。
「もう、もう……、しろよっ、あぁ……っ」
 好きな相手を前に格好悪いと思うのに、どうしても止められない。榛名の硬い腹筋に自分のぬめった先走りを夢中でこすりつけていると、やっと解放された。
「もっと味わいたかったのに」
「オヤジか、てめーは。さっさとチンコさわれっ」

 羞恥と気持ち良すぎた怒りから暴言を吐くと、エロい顔で笑う榛名がようやく張りつめた欲望にさわってくれた。
「あー、ぁあ、ぁ……あ」
 触れられた瞬間、腰の中の骨が粉々に崩れてしまったような、一瞬の快感に落ちた。
「あれ、イッちゃった?」
「はる、ながぁ、焦らす、から……っ、ん、ぅふ」
 ドクドクと先端から、まだ出したくもなかった白濁が次々あふれ出してくる。ひとりで盛り上がってしまった羞恥で、火照る頬を隠そうとしたら腕を取られ、やめろと言うのも聞き入れられず、まだイッてる途中なのに顔中にキスされた。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(27)

 ローカル線の最終電車に揺られながら、隣同士、シートに置いたオレの右手の上には榛名の左手が乗っかっている。
「手、どけろよ」
「いや。恋人同士に戻ったんだから、触れていたっていいでしょ」
 こいつ、こんなこっぱずかしいこと言うやつだっけ。心の中で悪態を吐きながらも、頬が緩んでしまいそうになるのをぐっとこらえて険しい顔を作っていると。

「怒ってます?」
「あ? なににだよ」
「こんな田舎に連れてこられて、了承もなく家族に紹介されたりしたら、普通は怒ると思うんだけど」
「別に怒ってねーよ。親父さん、大事じゃなくてよかったじゃねーか」
 父親の病気が、大騒ぎした割に軽いアルコール中毒で済んだことにバツの悪さを感じてるかと思いきや、隣の榛名は安心しきったような清々しい顔で微笑んでいる。こいつはちょっと、いやだいぶ普通の感覚と呼ばれるものからずれてるけど、純粋でいいやつなのだ。さっき対面した家族の面々を思いだし、この長閑な田舎町で、大切な人たちに囲まれてまっすぐ伸び伸び育った榛名の過去を想像した。

「じゃあこの話しても、史弥さん怒らないかな?」
「なんの話だよ」
「家族に紹介して、じいちゃんの喫茶店もらう約束して、俺が史弥さんを将来この町に移住させようと目論んでる話」
「な、んだよ、それ……」
「別れ話を切り出したとき、史弥さんがすんなり承諾するからちょっと傷ついた。今なら動揺してたんだってわかるけど、俺は長いさきを見据えて史弥さんと関わっていきたいって思ってるのに、この人こんな簡単に別れを受け入れちゃうんだって。だけどそう思ったのと同時に、絶対させないって誓った。俺から離れていくことも、俺と関わらずに生きていくこともさせるもんかって。だからこのさき、覚悟してください。俺は一生、あなたを放すつもりはないですから」
 右手に乗せられていただけの榛名の左手が指先を掴み、ギュッと力が入る。触れられたそのさきから、放さないという榛名の意思を感じた。だけど――

「なんでそこまで、自信持って言いきれんだよ」
 榛名は女とも付き合える。過去にも付き合ってきたし、このさきだって、たとえ女じゃなくてもほかの誰かを好きになるかもしれない。
「好きだから」
「そ、んなの今だけかもしんねーだろっ。このさきまた別の誰かを好きになるかもわかんねーぜ。そんときに、オレがじいちゃんの純喫茶継いでたりしたらどうすんだよ」
 好き、と言われたことに舞い上がりつつ憤って見せると、今度は問い返される。
「史弥さんはどうなの?」
「オレはいいんだよ。榛名とそうやって生きてくことを望んでんだから」
「なんで?」
「す、好きだからだよ」
「じゃあ、それでいいんじゃない?」
 拘束されていた右手をひっくり返される。手のひら同士がくっついたら、握られるままに榛名の手を握り返していた。

 そうか。自分に置き換えると簡単にわかった。好きに理由なんてない。榛名を好きだと言ったピンクと白の美少女も、姉貴よりオレを好きだと言った達くんも、榛名も、オレも、誰かを好きになるのに理由なんてない。ただ好きということしかわからない。そしてそれがいつまで続くかなんてさらにわからなくて、だけど続けたくて、ずっとさきの二人の関係を見据えて、こうやって地盤を固めていくんだ。
 手を握りしめあってる緊張と照れ隠しで、ムスッと唇を引き結んだままうつむいていると、まだ空港までは数駅あるのに、榛名に降りるよう促される。繋いだままの手を引かれて電車から降りたものの、目の前に広がる景色は、真っ暗な夜の山だ。

「つーか、どこだよ、ここ」
「飛行機の最終便、もう行っちゃったから」
 榛名の指差すさき、山の反対側にはラブホテルの派手な看板が並んでいる。その煌びやかなネオンに目を奪われていると、泊まっていこう、と誘われて、返事もしないうちに、さきを歩きだした榛名に手を引かれた。



 嘘だろ。心臓があり得ないほど速く脈打っている。ずっと夢見てた出来事がついに起こってしまうのか。いや、榛名のことだ。この光沢のある真っ赤なベッドに朝まで二人でぐっすり、ってことも考えられる。髪は半乾きの状態で、壁紙の細かな花柄をじっと見つめながらぐるぐる考えていると、オレのあとにバスルームに入った榛名が室内に戻ってきた。
「壁際に立って、なにしてるんですか?」
「か、考え事」

 振り返るとそこには上半身裸の榛名がいる。頭がクラクラしてきた。そんな軽い眩暈を起こした状態なのに、初めて見る引き締まった上半身から目を離せない。
「上、なんか着ろよっ」
「風呂上がりで暑いんです。それに、どうせ脱ぐのになんで着なきゃいけないの」
 低く甘い声が耳に吹きこまれ、風呂で温めた身体が一瞬でゾワッと冷却された。
 榛名が脱ぐとか言いだした。それもオレの耳元で。頭の中が整理されるより早く手を引かれ、ベッドに転がされる。
「わ、なにすんだよっ」
「セックス。してもいいですか?」
 覆いかぶさってきた榛名が、オレの首元に顔をうずめ尋ねてくる。たぶん、オレの心音の速さは触れた肌から伝わってしまっているけど、切羽詰まった榛名の声を聞いたらなんだか愛おしくなってきて、見えない気持ちを相手に知られることも悪くないと、ドキドキしながら思った。

「でもお前、オレとできんのか?」
 一旦の別れを告げられるまでの半年間、ずっと手を出されなかった。男を相手にするセックスのことを、ストレートの榛名はどう思ってるのか。今までは聞きたくても聞けなかったが、勇気を出してちゃんと言葉にしてみた。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(26)

 病院前でバスを降り、建物まで二人で猛ダッシュして、緊張しながら受付で病室を尋ねたら、お父様は今朝方に退院されました、という応えが返ってきた。病院前で停まっていたタクシーに乗りこんで二人、狐につままれた気分で来た道を引き返す。数分後に到着した榛名の実家は、中に入る前から明るい笑い声が外まで洩れていた。

「急性アルコール中毒やって。信じられる? 大学生やあるまいし」
 大笑いする母親と照れ笑いする父親を前に、オレは正座の姿勢を崩さず、どうしても引きつってしまう顔でなんとか笑ってみせた。下戸の榛名の父親は昨夜、コップ一杯の焼酎を水と勘違いして飲み干してしまい、ぶっ倒れたらしい。
「おれらは大したことないって言うたんや」
「そうそう。けど、お母さんが慌てて雄高に電話してもうて。もう一回かけてお父さんは大したことなかったって教えたろうかと思ったけど、雄高はめったにこっちに顔出さんし、せっかく帰ってくる言うてるみたいやから、ええ機会やし里帰りさせよう、ってなったんよ」

 榛名の姉夫婦が事の顛末を語るのを聞きながら、オレは苦笑いを貼りつけた顔をゆらゆら上下に揺らして相づちを打っていた。
「けど雄高、あんたゲイとか言うて、都会のブームに乗っかってるだけやないの?」
 榛名の母が眉をひそめる。どうしてこんなことを言いだしたのかというと、榛名が挨拶もそこそこに、自分の家族にオレを『今付き合っている人』だと紹介したからだ。

 ああ帰りたい。一刻も早く、この空間からいなくなりたい。
「そうよ。もしそうなんやったら、この相手方の子に失礼よ。冬野くんやっけね?」
「はい、あ、いえ。あの、ゲイなのはオレのほうで、榛名くんは元々男が好きなわけではないので、ゲイじゃないんです」
 榛名の母親と姉からの視線に耐えられずうつむくと、あらそうなん? と陽気な声が返ってくる。
「ゲイってやっぱり、男しかダメなのかしら? いやぁ、やとしたらもったいないわねぇ、冬野くんイケメンやのに」
「なあ、お母さん。うちらもしかして失礼なこと言いまくってるんやない?」
 姉からの問いかけに、いえ、と短く答えて首を横に振る。
 もう失礼とかそんなものはすっかり超越して、ぐさぐさ胸に突き刺さる言葉がいっそ清々しい。泣き笑いみたいな変な顔で畳み目を見ていると、背後からやって来た姉夫婦の長男だという小学生男子がオレの項垂れる耳に口を近づけて、お兄ちゃんホモなん? と純粋な質問をぶつけてくる。
 これが榛名一家か。いかにも榛名と血が繋がっていそうな人たちである。表も裏もへったくれもない。

「やけど、雄高の選んだ人やから、ええ子やろ」
 ずっとニコニコ笑うだけで言葉を発さなかった父親のひとことに、その場にいるみんながかすかに頷いたように見えた。それぞれが内心どのように思っているかは量れないが、二人の交際に対して賛成や反対の意見は一度も述べられず、最後は、いつでも遊びにおいで、と見送られて、玄関を出たら緊張が一気にゆるんだ。
 夕方にやって来る、その日三本目である最終バスに乗りこんで窓から外に手を振る。夕日を浴びてオレンジに染まった榛名家の面々が、遠ざかって小さくなっていくのを涙目で見つめた。

「お前はせっかく来たんだから、正月まで残れよ」
「一旦帰って、正月にまた戻ります。それよりもう一か所、史弥さんを連れていきたいところがあるんだ」
 終点に着いたバスから降りると、陽はとっぷり暮れていた。駅前であるこの辺りは道幅の広いアーケード商店街があって、田舎ながらも主婦や学生など、近隣住民たちでほのぼのとにぎわっている。
「こっち」
 アーケードのある大通りから小さな横道に抜けると、星空が見えた。ぽつぽつ点在する星の光だけを頼りに暗い夜道を少し行くと、暖かいオレンジの光に包まれた店にたどり着く。
「ここは……?」
 ぼんやり店の全貌を眺めていると、榛名がエスコートするように木の扉を開けてくれる。カランコロン、と昔風なドアベルの音が鳴って、導かれるように中に一歩踏み入れた。

「いらっしゃい。おお、雄高か」
「久しぶり、じいちゃん」
「じ、じいちゃん!?」
 カウンターの中にいる、顔の下半分が白髭で覆われたサンタクロースみたいな男が、オレの驚いた声に、じいちゃんだ、と返事をくれた。
「ここ、俺のじいちゃんが経営してる純喫茶なんです」
「純喫茶……」
 さっきのオレの質問に榛名が答え、学生服を着たカップルと入れ替わりにテーブル席につく。クラシック音楽が静かに流れる店内は、オレたちだけになった。
「史弥さんの好きな雰囲気でしょ」
「うん」

 ここは、まるで自分が思い描いていた理想の純喫茶を実現させたような店だった。使いこまれた深い色の木製のテーブルにどっしりとした革張りの椅子、釣り下がるランプシェードからはオレンジ色の光が静かに漏れ、店全体がひとつの空気で統一されている。古い店だが掃除が丁寧にされているのだろう、どこも美しく、いつまでも居たくなるようなリラックスできる空間だった。
「この店って、じいちゃんが辞めたらどうするの?」
 運ばれてきたコーヒーに角砂糖を入れてぐるぐるかき混ぜていると、榛名がカウンターに戻ったじいちゃんに向かって声をかけた。
「誰も継いでくれんからつぶしちまうが、古い店やし、仕方ねぇや」
「えっ、そんなんもったいねーじゃん。榛名、お前継げよ」
「俺は農家を継ぐから、農閑期には手伝いくらいはできるけど、一年を通して経営するのは難しいんです」
「じゃあ、ここ……」
 どうするんだ。榛名とじいちゃんを交互に見ながら焦っていると。

「史弥さんが継げば?」
「はあ?」
「ね、じいちゃん」
「おお、きみ継いでくれるか」
 冗談には見えない驚き顔で問われ反射的に頷きそうになったが、すぐにおかしいだろ、と思い留まる。
「そんな簡単に決めちゃったら、だめじゃないすか……」
「まあ、きみにも将来の予定がいろいろあるやろうしな」
「いや、オレじゃなくって……。じいちゃん的に問題があるでしょ?」
「わしはかまわんよ。きみに店をやっても。雄高が連れてきたけぇ、ええ子やろ」
 榛名の父親とまったく同じことを、じいちゃんも言った。
「だってさ。もらう?」

 ニッ、と子供みたいに歯を見せて笑う榛名から目をそらす。うつむくと涙がこぼれそうになって、慌てて天井を見上げた。
「まだやらんぞー。あと五年は現役じゃ」
 じいちゃんの高らかな笑い声を聞きながら、上を向いていても涙があふれ出してきて、両手で目を覆ってうつむいた。
「史弥さん、今日はよく泣くね」
「お前のせいだろっ」
 涙声で訴え、優雅にコーヒーを飲む目の前の顔を、濡れた手のひらではたいた。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(25)

 オレはなんで今、こんな田舎を走るバスに乗ってるんだ?
 空港まで見送るつもりが、榛名がオレの手を放してくれなくて、一緒に飛行機に乗って、そんでそのあと電車に乗って、今なぜかバスに揺られてる。
 早朝、空を覆っていた分厚い雲はいったいどこへいったのか、車窓を流れる長閑な田園風景は、冬の陽射しに照らされてきらきらと輝いていた。

「オレがお前の記憶失くしてるのが嘘だって、いつ気づいたんだ?」
 ガラガラのバスの最後部座席に、ひとり分の空間をあけて座る。ガラス窓から外の景色を見つめていた榛名が、ゆっくり振り返ってオレを見た。
「始めの頃」
「始め?」
「病院にお見舞いに行ったとき」
「はあっ? み、見舞い!?」
 驚きすぎて腹から声が出た。見舞いって、事故に遭って二週間も経たないうちから気づかれてたってことか。驚きで動けないオレの思いきりひらいた口の中を指さして、歯並びが相変わらず綺麗ですね、と榛名がどうでもいいことを言う。
 くわしく話を聞くと、嘘の下手なオレはやはりミスを犯していたようだ。榛名のことを知らない設定の中で、明日も大学だろ、と帰宅を促したことで、まずピンと来たのだという。
「ほかにも、俺が風呂に入れてあげるって言ったら、史弥さん『お前に合わせてストレートだって嘘ついてたけど、本当はゲイだから』とか言ってました。俺のこと忘れてるんだったら、そんな嘘ついてたことも覚えてないはずですよね」

 淡々とオレの犯したミスを説明してくる榛名の声を聞きながら、オレの顔はどんどんうなだれていく。その後もオレは設定を無視して、覚えていないはずの榛名の情報をポロポロとこぼしまくっていたようだ。そんな隙だらけのオレの言動は、榛名の目にさぞや間抜けに映っていただろう。
「はああー」

 情けなさから重いため息を吐いて脱力していると、ブザー音と次、停まります、の音声がバス内に流れる。停留所でいちばん前の優先座席に座っていた老婦人がバスを降りていった。開いたうしろの扉からは冷たい空気が舞いこんでくるだけで、誰も乗りこんでこない。再び出発したバスの中は、運転士とオレたちだけになった。
 車窓から見える榛名の育った町の風景が、視界をどんどん流れていく。ふと隣を見やると、榛名がオレの視線に気づいてこっちを見た。
 目の前にいる榛名がオレを見てる。その後ろを流れる、見たことがないのにどこか懐かしい田舎の風景。榛名と榛名を形成した町が視界を埋めつくす。目の前が榛名でいっぱいになると、ずっと怖くて言えなかった本当の気持ちが、せき止めていた喉の見えない膜を破ってあふれ出してくる。

「振られたときに、言うべきだったんだけど」
 小さく息を吸って、榛名の目の奥をじっと見つめる。
「オレはまだやっぱりお前が好きだ。あのとき振られたけど、オレはお前と別れたくなんてなかった」
 声が裏返っても、心臓がおかしいくらいバクバク鳴っても、気にならなかった。ちゃんと逃げずに気持ちを伝えられた。そんな自分が誇らしかった。
「でも、お前はオレと友達に戻りたいんだよな」
 尋ねると榛名は、ぽかん、とした。

「なんで?」
「なんでって」
 なんでそう思ったんだっけ?
「俺は、史弥さんと友達に戻る気なんてさらさらないですよ」
 振った相手に友達に戻る気がない、と告げるなんて非情すぎる。という考えが今、頭の中に浮かんでいるのだけど、目の前で愛おしそうにこっちを見つめる榛名がオレと縁を切りたがってるようには到底見えない。
「お前はオレと別れたいんじゃなかったのかよ」
「別れたかったんじゃなくて、あの場合、別れるしかなかったですから。あくまで、『一旦』だけの話」
「はあ? 一旦って、体のいい振り文句だろ? そう言っときゃオレが傷つかねーかもって、適当に付け足したんじゃねーのかよ」
「あのさ、史弥さんは俺をどういう人間だと思ってるんですか? そんな体のいい振り文句なんて使うわけないでしょ」
 たしかに。いつもストレートな榛名にしては歯切れの悪い言い方をするな、と少し引っかかったが、それよりも振られた衝撃が強すぎて、そんな小さなことはすぐに忘れてしまった。

「オレが史弥さんに別れようと告げたのは、あなたから本心を聞きだしたかったからなんです。いつもニコニコ笑ってるあなたが、本当はなにを考えているのか。俺とこのさきも付き合いたいのか、別れたいのか。わからなくなってしまったから、一旦仕切り直すつもりで別れを告げた。そしてもし、あなたが別れたいと言うのなら、俺はもう一度片思いから始めるつもりでした」
「か、片思いっ? 榛名がオレに?」
「そうですよ」
 真摯に返されて驚く。そんな心づもりであの言葉を放ったのかと、今改めて榛名の強さを知った。
「あの場で答えが聞きだせなかったとしても、気長に待ってあなたの本当の気持ちを必ず言わせるつもりだったし、そうやって一度離れることで、二人の関係に新たな刺激があればいいなと思っただけで、このさき、あなたを自分から遠ざける気なんてこれっぽっちもなかった」
 わかってます? と、うつむきかけた赤い顔をのぞきこまれる。
「『一旦』という言葉を使ったのは、のちにまた付き合う気でいたからです。俺の言葉に裏の意味などありません。というか、俺と半年も一緒にいて、そんなこともわからなかったんですか?」
「そ、そこはお互い様だろ! お前だってオレのことわかんなくなって、別れようってなったんだろーが」
「それはあなたが嘘ついたり、本性隠して笑顔で取りつくろってたからでしょ」
「うー」
 言葉で追いつめられ、さらに座席の端にも追いつめられ、その近さに恥ずかしくなったせいもあって、オレは走行中のバス内で逆切れした。

「半年くらいでわかるかよ! ちゃんと始めに『一旦というのは言葉通りの意味です』って言っとけよ。つーかてめー、振っといて態度でけーんだよっ。オレは榛名に振られたことがショックで事故っちまったんだぞ」
「いや、それはあなたの前方不注意でしょ」
 ぐうの音も出ない正論を突きつけられ、またまた、うっと言葉に詰まる。
「そもそも、あなたがオレに隠し事したり嘘ついたりしないで、最初から本音で向き合ってくれてたら、こんなことにならなかったんじゃない?」
「じゃあこっちも言わせてもらうけど! オレが最初からこんな口悪くて、性格も歪んでて、嫉妬深くて、根性もひん曲がってても、お前はオレと付き合ってくれてたってのかよっ」
「俺は現に今、そんなあなたと付き合いたいと思ってるんですけど」

 唐突に手を握られた驚きで、榛名の顔と繋がった手を何度も往復して見てしまった。
「は? な、なんで?」
「好きだからです。口が悪くて、性格が歪んでいて、嫉妬深くて、根性がひん曲がっている、俺がそんなあなたを好きだから」
 自分で言った言葉を羅列されて眉をひそめるも、好きというひとことがその全部を凌駕して、またたく間にオレの全身を幸せの色で包みこむ。
「そう、なのか」
 冷えた指先に、榛名の熱が移ってくる。じんわりと命を吹きこまれたように、オレの心まで温かくなっていく。
「好きじゃなきゃ、付き合わないでしょ」
「お前の趣味、変だぞ」
「本当の史弥さんは、そこまで悪人じゃないって」
 ふ、と息をこぼして笑う榛名につられて、オレもゆっくりと深い息を吐きだした。

 オレが最初から榛名とまっすぐ向き合っていたら、一旦振られることも、事故に遭うことも、ふたたび結ばれるまでにこんな遠回りすることもなかった。だけど、今はそんな無駄に思える今日までの長い長い道のりも出来事も、オレたちには必要だったのかもしれないと思う。
「あなたの怪我が治ってよかった」
 小声で呟いたあと、一段柔らかい声で、死ななくてよかった、と榛名は言った。さっきは事故に遭ったのはオレのせいだと言ったが、榛名はきっと自分も責任を感じてる。指先を握る手に微妙な力がこめられて、そんなちょっとしたことで大事に思われてるんだって実感できた。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(24)

「大丈夫か、お前」
 大丈夫じゃなさそうだから聞いてみたのだが、一度咳払いをした榛名からは、大丈夫、という答えが返ってくる。
「父が倒れました」
「え……」
 突然の告白に動揺して、声が震えてしまった。
「昨夜、病院に運ばれたらしい」
 オレの反応とは違って、榛名は表情を曇らせることなく淡々と話した。

 昨日の夕方、父親が倒れて病院に運ばれた、という電話が母親からかかってきた。動揺する母親を落ち着かせて、なにか新しいことがわかったらまた電話して、と通話を切ったが、そこからまだ連絡はないのだと言う。姉夫婦が実家の近くに住んでるため、なにかあれば彼らからも一報があるはずなのだが、今のところそれもない。
「父になにかあったら、大学を辞めようと思ってます。将来的には家の農家の仕事を継ぐつもりだったし、姉夫婦も畑の仕事は手伝ってくれてるけど、彼らには本業の酒屋の仕事があるし、たった一年と少しの間でも、もし最悪の状況になったら、やっぱり母を田舎の家でひとりにはできないから」
「ああ」
「昨日、最終便の飛行機で帰ろうと思ったんだけど、実家はすごく田舎で、遅くに到着するとそこからの電車がもう走ってなくて、そのことを考慮したら朝の飛行機に乗ってスムーズに帰るほうがいいと思って、それで、それまで時間があるから、この場所に……」
「うん」
 この場所にやってきた理由を説明したかったのだろうが、榛名もオレと同じで、ここに来たことに理由などなかったのだ。

「電話とメール、返さなくてごめんなさい」
「今そんなこと気にするな」
「史弥さんの声を聞いたら、俺はきっと……」
 一瞬、ゆるみそうになった榛名の表情が、きゅっと引き締まる。首を横に振って、なんでもないです、と自分に言い聞かせるように呟く。
「空港まで見送るから、今すぐ実家に帰れ。始発、もう動いてるぞ」
 榛名の口が、あ、の形に動いて、白んだ東の空を見上げる。夜が明けたことにも気づかなかったのだろう。腕をくるむコートにそっと触れてみると、氷のように冷たくなっていた。

「大学のことも、将来のことも、そんなのはなにかあったときに考えればいい。今は親父さんの心配してろ」
 本当はきっと、榛名もそうしたかったんだ。電話で動揺する母親の声を聞いて、自分がしっかりしなきゃいけないと思ったのだろう。そこで躊躇して飛行機に乗らず一晩の時間を作ってしまったため、いっそう考える結果になってしまった。
「今は不安を隠すなよ。心配だっておふくろさんと言い合って、後先考えず、飛行機に飛び乗ってりゃいいんだ。本当は昨夜、行く先で電車がなくなって足止め食らっても、お前は少しでも親父さんの近くにいたかったんじゃねーのか?」
 尋ねても頷かない榛名の目をじっと見つめる。
 史弥さんの声を聞いたら、きっと。
 さっき榛名が言いかけて止めた、言葉の続きを想像する。飛び乗りたかったはずの飛行機を冷静なふりで見送った榛名が、オレとの思い出のこの場所にやって来た理由。

「たいしたアドバイスなんてできねーけど、オレを頼れよ」
 大事なときは、支えてやりたい。
 友達として?
 恋人として?
 そんなの今はどうだっていい。弱った榛名が求めるさきにオレがいるのなら、それに応えてやりたいと思う。
「なんで史弥さんが泣くの?」
「お前が泣かねーからだろ」
 榛名の冷たいコートの袖口を、ぎゅっと握ってうつむく。乾いた土にポタポタ染みこんでいく涙の跡を、雲の切れ間から射しこむ朝日が照らしていた。

「お前はオレみたいに間違って後悔すんじゃねーよ。大事なときに、大切な人とちゃんと向き合え。お前がオレにそうしろって、教えてくれただろ?」
 顔を上げ、涙目を隠さずにらみつけるように見つめると、榛名の強張っていた表情がゆっくりと和らいでいく。そうでした、と泣きそうな顔で笑って、オレの濡れた頬を冷たい手で包みこんだ。
「家族のこと、今でも大切に思ってるんですね」
「うん」
 榛名には、絶対にオレと同じ思いをしてほしくなかった。オレは泣き叫ぶ母親に怯え、殴りかかってくる父親に反抗せず、問いつめてくる姉貴から目をそらした。すべてから逃げて大切な人と向き合わず、あのときああしてればよかった、って後悔するくらいなら、今の自分の正直な感情で動いてほしい。だから。

「電話なんか待ってねーで、今すぐ会いに行け! どんな結果が待ってようと、心配したって、不安だったって伝えて、ちゃんと向き合ってこい」
 突き放すように頬を挟む両手を払いのけたというのに、すぐさま片手で顎をすくわれ、目線を合わされる。
「そうしたら、史弥さんも俺と向き合ってくれますか?」
「ああ、向き合うよ。つーか昨日電話したのは、お前と向き合うためだからな」
 覚悟を決めたんだ。
 榛名とも、いつかは疎遠になってしまった家族ともちゃんと向き合いたい。
 顎を掴まれたまま挑むような視線で伝えると、榛名は一瞬、柔らかい中に驚いたような表情を浮かべた。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(23)

「あの子、元気? 名前なんて言ったかしら」
「ああ、あの好青年? なんだっけ?」
 ママと翔ちゃんに尋ねられて、榛名、と短く答える。
「そうそう、榛名ちゃんよ」
「また来るって言ってたけど、一回来たきりでそのあと顔見てないな」
「アンタ、榛名ちゃんに今夜のクリスマスパーティーに来るよう、声かけてみなさいよ」

 早朝五時過ぎ、閉店後のバーの店内。三人で片づけと掃除を終えたカウンター席に並んで座り、日課である労働後の酒を一杯飲んでいると、話がこっちに流れてきた。
「誘おうと思ってんだけど、繋がんねーから」
 鳴りも震えもしないスマートフォンの画面を見つめながら、ガクッとうなだれて冷たいカウンターに頬をつける。

 十二月二十四日。今夜はバーで、毎年恒例のクリスマスパーティーがひらかれる。オレはそのパーティーに榛名を誘うつもりで、昨日の出勤前の夕方に、あいつの携帯に電話をかけた。留守電にも繋がらず、ずっとコール音が鳴るだけで榛名は電話に出なかった。その後メールも一通送ったが返事はない。
 こんなことはめずらしく、というか今までに一度もなく、それでもきっと着信履歴を見たらかけ直してくれるだろうと思ったが、十二時間以上経った今もまだ連絡はない。榛名が元々不精な性格なら心配しないが、電話に出られないときは必ず留守電にしていて、折り返せないときはメールを寄こしてくるほど律儀な男からの電話がないから、不安が募る。

 この前、ずぶ濡れになって達くんに家まで送ってもらった日、榛名がやって来て電話に出ないオレを責めたが、あの怒りは心配からくるものだったのだと逆の立場になった今ならわかる。榛名が事故や事件に巻きこまれていたらと考えて青くなりながら、それとは別の可能性も想像する。
 榛名が心配してオレの家にやって来てくれた前回の別れ際のこと。オレは、怒りながらもいろいろと忠告してくれた榛名の言葉をはねつけ、家から追いだした。そんな最悪な別れ方をしたあとだから、自分から会いたいと言いづらい状況だったが、今回のクリスマスパーティーは誘うきっかけにはちょうどよかった。

 もう逃げない覚悟をした。パーティー中にタイミングを見て榛名と二人きりになり、自分の気持ちを伝えようと思ったんだ。怖いけれど、榛名がオレを振った理由をちゃんと聞いて、オレの気持ちも伝えるつもりだった。だけど、榛名は電話に出ない。事故や事件でない場合、榛名はオレからの着信を無視している可能性がある。
 前に会ってからもう二週間ほどが経つが、その間に榛名からのメールや電話はない。付き合っていた頃もお互い忙しいときは、それくらい連絡がないことはあった。心配になるほどの期間ではないが、やはり前回、一方的なケンカ別れをしてしまったため、どうしても気になってしまう。
 別れ際、二度と来んな、なんて言わなきゃよかった。榛名はオレに嫌気が差してしまったのだろうか。もう榛名にとってオレは恋人どころか、向き合う価値もない存在になってしまったのだろうか。ひとりでいろんな想像をしながら青ざめてると、病み上がりで疲れてるように見えたのか、今日は早く帰って夜までゆっくり休みなさい、とママに帰宅を促された。

 夜明け前の空はまだ真夜中のようにひっそりと暗く、風がないぶん、素肌と隣り合わせの空気の冷たさに冬の本気を感じる。極寒の暗闇に白い息をまき散らしながら、オレはママの忠告を無視して自宅とは逆の方向に向かって歩いていた。
 突然家に押しかけたら、榛名は迷惑がるだろうか。冷える、まだ夜も明けない早朝に呼び鈴を鳴らしたりしたら、もう完全に嫌われてしまうかもしれない。こんないらないことを考えて顔色はどんどん曇っていくが、足は止まらない。始発に乗って榛名の学生マンションのある最寄駅にたどり着くと、オレは走りだす。不安と焦燥。榛名は無事だろうか。嫌われる恐怖より今はそっちのほうが大きかった。

「榛名、いねーの?」
 息切れを隠し、学生マンションの二階、冷たいドアに耳を当ててそっと尋ねる。まだ眠っているのか。だけど呼び鈴はすでに五回押した。起きてもおかしくないのに、中では人の動く気配はない。ハッと思い立って、足音を立てないよう一階に戻る。バイク置場をくまなく探したが、そこに榛名のバイクはなかった。
「こんな朝方に、どこ行ったんだ」
 寒さと怖さで声が震えた。大学生だし、友達と遊んで朝帰りだって可能性もある。だけど一度膨らんだ不安は拭えず、結局オレは始業時刻頃に榛名の大学を訪れることに決めた。冬休みに入っている可能性もあるが、それ以外の榛名の行動範囲がわからないから仕方がない。まるでストーカーだと自分に呆れながらも、自宅には帰らず、また電車に揺られる。

 都心からどんどん離れ、到着駅に着いてもまだ人の影はほとんどなかった。夜空がゆっくりと白んでいく中、目的地に向かって歩を進める。
 不安なとき、どうすればいいのかわからないとき、最近のオレはどうしてかこの場所に来てしまう。榛名との思い出の場所。そういえば天気予報見てないけど、今日は降らないよな。うん、降りませんように。昇り始めた太陽を隠す雲に願いつつ、畑に下りる。
 来る道は誰ともすれ違わなかったのに、早朝にも関わらず畑には人影があった。榛名とオレが借りている区画の前。収穫後のなにも植わってない土を見下ろすように立っている。よく見ると、そのじっと動かないうなだれた長身の男は、今必死で探していた人物だった。

「榛名!」
 声をかけると鈍い動きで顔を上げ、榛名がオレを見た。目にいつものような覇気がなく、瞳が不安定に揺れている。
「こんなとこで、なにしてんだよ」
 電話にも出ないで、なんて恨み言は、いつもと様子の違う榛名を見たら言えなかった。榛名は、ごめん、と独り言のように小さく呟くと、そこで初めて人と対面してることを思い出したようなハッとした顔になった。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(22)

 長引いた風邪が完治する頃には、もう十二月も半ばを過ぎていた。床暖房がついてると硬くて冷たいフローリングがここまで暖かくなるものかとびっくりしてる最中、出されたコーヒーはインスタントのものじゃなかった。達くんがおすすめだという豆から挽いたコーヒーの香りは、カップを鼻の真下まで近づけても緊張でほとんどわからなかった。

「びっくりしたよ。史から急に電話がかかってきたから」
 東京で再会した日にもらった名刺を机の奥から探しだして、初めて自分から達くんに連絡した。会って話したいことがある、と伝えると、達くんの独り暮らしのマンションに招待された。達くんの家は自分の住むアパートとはまったく違う、オートロック付きの壁のぶ厚い高級マンションだった。
「それで、話って?」
 テーブルを挟んだ向かいの椅子に達くんが腰かける。本題を尋ねられ、オレはゆっくりと椅子を引いて立ち上がると、テーブルの脇に移動し、達くんの斜め前の位置にひざまずいた。
「ちょ、ちょっと……、どうしたの、史」

「ごめんなさい」
 ひれ伏して謝罪すると、達くんは焦ったような声を出して椅子から立ち上がり、オレの顔を上げさせようと上から肩を揺らしてきた。
「とりあえず顔上げてよ」
 たしかにこのままじゃ話にならないため、オレは達くんの言う通り顔を起こして正座の姿勢になる。それでも話しづらい、と言われたため、結局また椅子に腰かけて、すすめられるままにコーヒーをひと口飲んだ。
「急にどうしたんだよ。なにがごめん?」
「ずっと謝らないと、って思ってたけど、怖くて言いだせなかったんだ」

 オレのせいで、達くんと姉貴の関係が壊れてしまったこと。達くんは絶対に怒ってる。当然だ。だけど再会してもそのことには触れられないまま、優しく接してもらえることが逆に怖かったのだとたどたどしく説明すれば、達くんは驚いたような表情を見せた。
「もしかして史は、おれが史に仕返しするために近づいたとでも思ってたわけ?」
「…………うん」
 再会は偶然だったかもしれない。だけどそこで優しくされる理由がどうしてもわからなかった。達くんが気づかってくれるたびに頭は混乱し、どんどん妄想はエスカレートして、優しさはいつかドカンと仕返しするための布石なのだといつからか考えるようになっていた。

「やっぱり、全然わかってなかったんだな」
 くつくつと喉の奥で笑って、達くんはこめかみの辺りを指先で支え、テーブルに肘をついた。
「おれはずっとさ、育実じゃなく、史のことが好きだったんだよ」
 姉貴じゃなくて、オレ?
「は? えっ……、な、なな、なんで?」
「なんでだろうね。もう昔から好きだから、理由は忘れた」
 突然の告白に驚愕して目を見ひらくと、達くんはオレの間の抜けた表情がおかしかったのか、くすっと笑った。

「謝らなきゃいけないのは、むしろおれのほうだ。思春期の欲望を抑えられずにまだ小学生だった史に悪戯して、とり返しのつかないことをした。ずっと無邪気に懐いてくれてた史から、おれは純粋な笑顔を奪ってしまった。そんなことがあったあとは会うたびに謝らなければと思ったけど、罪を認めることで、好きな相手に汚れた欲望を知られることが怖くて、ごめんのひとことがずっと言えなかったんだ」
 好きだから自分の汚れた部分を知られるのが怖い。人を好きになると、誰にでも隠したくなる気持ちが生まれる。
「育実と別れたのは、史のせいじゃないよ」
「嘘だ。達くんと姉貴が分かれたのは、町中であんなウワサが流れたからだろ」

「ウワサなんて時間が過ぎれば消えてなくなる。育実はおれの本当の気持ちをずっと知ってたんだ。自分が愛されてないことを知ってて気づかないふりをしてくれてた。でも嫌気が差したんだろうね。最後に、史弥はあんたのことなんて好きじゃないわよ、って言われた」
 自業自得だよ、と笑う達くんの顔がちょっと苦しそうだった。
「でもオレとのウワサがきっかけで、姉貴は嫌気が差したんじゃねーの?」
「それは育実に聞かないとわからないけど、でも結果は彼女にとってよかっただろうな。こんな自分の保身しか考えてない男と結婚しなくて済んだんだから」
 飲み干して空になったカップを持って立ち上がると、達くんは自分のおかわりとオレの新しいコーヒーを淹れてくれた。
「オレも、ずっと自分の保身しか考えてなかった」
 キッチンに立つ達くんに伝えるつもりはなく、独り言のつもりで呟いたのだけど、声は届いてしまっていたらしい。

「でも今日、動きだしたんだよね?」
「え」
「ずっと長い間、おれとは曖昧な会話しかしてこなかった史が、久々にちゃんと向き合ってくれた。なにか心境の変化があったんじゃないの?」
 心境の変化。
 うん、と小さく頷くと、達くんは嬉しそうに笑った。
「仕返しされるかもしれない恐怖に耐えて、おれに会いに来てくれてありがとう」
「それ、あんま言わないで」
 よくよく考えてみると、大人びた達くんが子供じみた仕返しなんてするわけがない。
「史が謝ってくれたから、オレも長年の想いを告白できた。正直今でも好きだしあきらめるのは辛いけど、努力するから。これからも史にとってのいいお兄さん的存在でいさせてくれる?」

 新しく渡されたカップを受けとり、ゆっくりと一度頷いた。達くんのオレを好きという気持ちはもう、親愛のようなものなのかもしれない。オレの家族との関係があってないようなものだと知ってるから、達くんは東京に出てきてからもずっと、近くで本当の兄のように気づかっていてくれたのかもしれない。
 自分が勇気を出せば、ずっと動かなかった岩がごろごろと転がりだした。いざ重たい岩を退けてみたら、その下にはきらきらとまばゆい宝物が埋まっている。
 人とちゃんと向き合うと、視界がひらくんだ。達くんが淹れてくれた二杯目のコーヒーは、優雅で甘い香りがした。


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嘘でくるんだ愛のなかみ(21)

「ひとつだけ聞いてもいいすか?」
「ええ、なにか」
「なんであんたは、榛名と結婚したいんすか」
「好きだからですわよ」
「…………そ、か」

 初対面の彼女の人となりをざっと見て、榛名と結婚したいと言ったのは、旦那になる男の人間的価値を計算して割りだした合理的な未来計画なんじゃないかとうたぐって、オレは頭のどこかで、彼女からそんな答えが返ってくることを期待していた。だけど、オレの考えはむなしくも外れた。無駄を嫌う彼女の口からは、すぽんと丸裸の本心が飛びだしてきて、オレはその清々しさに完膚なきまでに打ちのめされた。

 ぐちゃぐちゃ考えてばかりで本心のひとつも相手に伝えられない自分が情けなくて、急に恥ずかしくなった。榛名に振られたとき、その理由を問うこともせず、自分はまだ好きだと伝えることもせず、納得して身を引くふりをした。事故に遭ったあとも榛名と向き合うことが怖くて忘れたふりでごまかした。
 達くんに対しても、家族に対してもそうだ。オレは今までずっと、そうやって生きてきたんだ。

「だめだな」
「なにがですの?」
 独り言を聞かれて問われ、思わずため息がこぼれる。
「オレはあんたがうらやましい」
 考えも気持ちもすっきり整理されてて、それを人に伝えることに躊躇が見えない。まだ会ったばかりだが、そんな彼女と純粋でまっすぐな榛名はお似合いかもしれないと思った。

「わたくしも、あなたのことがうらやましいですわ」
「なんで?」
 彼女がオレに憧れる理由などあるわけないのに。
「さあ。なんででしょう」
 最後のひと口を飲み干してにっこり笑い、席を立ちかけた彼女に、オレも、と勇気を出して伝えてみる。
「榛名のことが、好きなんすよ」
 伝えるだけなら、罪はない。ほんの気まぐれだと捉えられてもいい。彼女はオレを信頼して榛名が好きだと教えてくれたんだ。榛名への好意をためらわず伝えてくれた彼女と対等になりたくて、対等が無理でも一歩でも近づきたくて、オレは信頼を返す気持ちで誠意をこめて告白した。
 相手が本人じゃなかったら、案外緊張せずに伝えられるな。そんなことを考えながら、さらっと告白できたことにちょっとだけ自信を取り戻しつつ席を立とうとしたら、再び腰を落ち着けた彼女がテーブルに上半身を乗り上げてきた。

「うわっ、なんすか」
「本当ですの? 雄高くんを好きって」
「え、ああ。実はもうすでに振られてんすけどね。でもあんたが勇気をくれたから、ちゃんと本人にも自分の気持ち伝えて、もう一回振られてあきらめよっかな」
 そんな大口をたたいてはみたが、実際榛名に会うと告白などできないかもしれない。だけど今は彼女の清々しさに影響されて、自分も羽ばたけるような気がしていた。
「あなたも彼を好きなのですね」
 下を向いてしばらくぶつぶつと呟いていたかと思ったら、なにかを振りきったように彼女が突然顔を上げた。

「じゃあ太刀打ちできないですわ」
「ん…………? たち? たちうち?」
 聞き返しても答えてくれず、こちらの話、とひとことだけ言って、今度こそ彼女は立ち上がった。
「榛名さんへの気持ちを教えてくださってありがとうございます」
 一礼した彼女がさっきまでの『雄高くん』じゃなく『榛名さん』と言ったことは一瞬気になったが、問いたださずオレも立って礼を返す。
「このストラップ、さっき榛名さんにプレゼントされたって言いましたけど、嘘ですの。サークル活動で一緒に登山したときに、榛名さんと同じものを自分で購入したのです」
「…………へ?」
 なんでそんな嘘をついたのかわからないまま、オレは入店したときと同じ冷たさで返されたアイスを店員から受けとると、彼女のあとを追って喫茶店を出た。

「風邪、お大事に」
「どうも」
「それと……、この前は申し訳ありませんでした」
 彼女は深く体を折り曲げ、しばらくして顔を上げると、それでは、と片手を上げて速足で駅の方へと歩いていった。この前、と言ったのはきっと、ゲイバーに来て友人たちと入り口で騒いだことを言ってるのだろう。彼女が今日オレに声をかけた本当の理由がそのひとことを言うためだったんじゃないかと思うほど、それは気持ちのこもった真摯で丁寧な謝罪だった。

「いい子だ」
 そんないい子に、榛名から離れてくれと頼まれた。だけどオレは榛名の隣にいたい。友達としてじゃなく、やっぱり恋人になりたい。ニコニコした機嫌のいいときばかりのオレじゃなく、口が悪くて、うしろ向きで、ひねくれた本当のオレと、恋人として向き合ってほしい。
 これが今のオレの本心だ。

 振られたくせに、と、オレの中の悪魔がイヒヒと頭の中で笑ってる。だけど、別れよう、って気持ちを伝えてくれた榛名に、オレはまだ自分の気持ちをぶつけることすらできてない。
「まずそっからだろ」
 頭の中の悪魔に口頭で伝えると、悪魔も笑いを引っこめてそうだな、と真顔で答えてくれた。熱に浮かされたオレは自分の中の自分と今後の計画を練りながら、家までの道のりをふらふら自転車で走った。


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