7月お題SS『二人暮らしの夜』(前編)

こんばんは
7月のお題SSに参加させていただきました(フライング)


2015年7月お題SSズ募集詳細

主催幹事:
牛野若丸さま

お題発案者:
牛野若丸さま

お題:
「虫」
「百合」
「器」(解釈自由)
(3つの中からいくつ選んでもOK)

文字数:
4000字以内


お題は「器」を使わせてもらいました。
内容とはあまり関係のないところでさらっとでてきます^^;

少し長くなったので(3613字)前半と後半に分けて今日と明日でアップしようと思います。
よろしくおねがいしますm(__)m




 小さな不満の泡は、この一年のあいだでひとつも割れることなく、日々すこしずつ膨らみながら増殖していた。イライラする気持ちは夜中、あいつが眠りについて意識を手放したあと、ひとりになった時に襲ってくる。

 今日も遅くなるという連絡がないまま、直樹は日付が変わった頃に帰宅した。接待だかなんだか知らないけど、髪から洋服から女性の甘い匂いをさせて、それを隠そうともせず、ただいまーと、夜中なのに太陽みたいな陽気なテンションで酔っ払いは、玄関を開けたおれに抱きついてきた。
「あー、飲みすぎたわ」
「ほどほどにしなよ」
「だってみんなのめのめ言うんだもん」
「断ればいいじゃない」
 そっと本心をもらすと、ぎゅっと力まかせに抱きしめられた。
「風呂もう入ったんだ」
「ちょっと放して、くすぐったいから」
「俺、恵吾の頭の匂い好き」
 んー、と静かにうなりつつ、髪に顔を埋めてくる直樹から無理やりしゃがんで逃げたら、ケチ、とひとこと。不満そうに唇を尖らせて室内に入っていった。
 そういうの、きっと直樹はわかってる。見目のいい年下の自分が甘えるような仕草をしたらおれがかわいいって思うの、あいつはわかっててやってるんだ。

 遅れて部屋に戻ると、直樹は脱いだ服を散らかしてソファーに転がっていた。
「恵吾ー、愛してるから水ちょうだーい」
 愛してる? どこが?
 軽いジョークだとわかってても笑えない。ミネラルウォーターを取るため冷蔵庫を開けると、自分がさっき作った直樹のぶんの夕食のおかずが目の前にある。これは明日の昼、おれがまた食べることになる。さきに連絡のひとつでもくれていれば、ひとりぶんしか作らなかったのに。
「はい」
「さんきゅー」
 氷を入れたグラスに注いだミネラルウォーターを渡すと、直樹はごくごくとひと息に飲み干した。グラスから垂れた滴が、波打つのどぼとけを過ぎて褐色の引き締まった裸の上半身を落下していく。同棲して一年も経つのにまだ、明るい部屋の中では直樹の裸を直視できない。
 一緒に住んでるのに、なんでこんなにうまくいかないんだろう。
 直樹は毎日外にはたらきに行く。営業の仕事でおれ以外の人とたくさん会って、たくさん話をする。
 おれは翻訳の仕事をしているため、普段ずっと家の中にいる。直樹以外にあまり人と会わず、会話もしない。
 だから考えてしまう。毎日毎日、今、外で直樹がいったい誰と話してるのか、二人で暮らすこの家より外のほうが居心地がいいんじゃないか、と。
「ごちそうさま」
 カラン、とテーブルに置いたグラスに氷のぶつかる音がした。直樹が立ち上がる。
「お風呂は?」
「明日休みだし、起きてから入るわ。ねみー」
 ふわー、とあくびをひとつ。そのまま寝室に入ってしまった。
 いつ帰ってくるかわからない直樹のために、風呂の湯を保温しておいたのは無駄だった。
 無駄だったけど、言えない。この二人の場所が直樹にとって、さらに居心地悪くなることが怖いから。
 寝室の扉が閉まると、部屋は急に静かになった。冷蔵庫のうなる音が耳につく。汗のかいたグラスをそのままに、散らかされた洋服を回収しようとしてワイシャツに手をかけたその胸ポケットから、するっと、銀色の小さなものがフローリングに落ちた。拾うとそれは星を象ったピアスだった。
 どこかの女性がわざとポケットに忍ばせたのか、彼女の耳から落ちたものが偶然ポケットに入ったのか、どちらにせよ、その星形のピアスの女性と直樹は密着していたことには違いない。こんなものを発見してしまって、今日はいつも以上にイライラする夜をひとり過ごすことになるのか、と思いきや、心はそれどころじゃなく落ちこんでしまって、怒りなんて微塵も襲ってこなかった。
 ベランダの扉を開けて外に出る。星も月も見えなくて、そこにはただのっぺりした紺色の空と、まとわりつくような湿気の多い空気があるだけだった。
 やっぱり直樹は外のほうが居心地いいんだ。自分の知らない世界。見たこともない人たちと過ごす時間のほうが楽しいんだ。
 夜が白んでくるのにも気づかず、おれはひとり、朝方までベランダで過ごした。




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