9月お題SS『ニュー・ムーン』
こんばんは
嘘でくるんだ愛のなかみ終了後もポチポチと拍手をくださっているみなさま、ありがとうございます!
9月のお題SSに参加させていただきました。
2015年9月お題SSズ募集詳細
主催幹事:
牛野若丸さま
お題発案者:
牛野若丸さま
お題:
「月」
「年」
「涙」
(全て解釈自由、3つの中からいくつ選んでもOK)
文字数:
4000字以内
お題は「月」を使わせていただきました。
よろしくお願いしますm(__)m
バーで派手に口論をして追いだされ、夜道を歩いていた時だった。
「あの……っ」
角を曲がって短い路地に入ったところで、正面から走ってきた青年に声をかけられた。
九月も半ばを過ぎ、夜はだいぶ過ごしやすくなっているにもかかわらず、細身の体に余る長袖Tシャツを肘の上までまくり上げ、明るい色の短髪がひたいに貼りつくほどに汗をかいている。
「なにか」
不機嫌に問うと、血色のいい赤い頬が引きつり、さっと色味が薄れる。色白で目のくりっとした人形のような見た目をしているくせに、汗かきだったり表情の変化に富んでいたり、生々しい人間らしい男だ。さっき別れた無表情の冷淡男とは正反対だと思った。
「あの……、今日は月が出ていますね」
青年の指さすさき。見上げると、ビルとビルのすき間の夜空には、漆黒に塗りつぶされそうな、伸びかけを切った爪ほどの三日月がうっすらと浮かんでいた。
「で、なに」
すぐさま月から目の前の男に視線を戻すと、相手は一瞬怯んだように見えたが、なにかを思いついたようにパン、と大きく一回手を叩くと、そこから急に饒舌になった。
「あのですね、オレ実はさっき、あの月から降りてきたんですよ。ほら、すべり台みたいになってるでしょ。あのカーブをつるっと滑って落っこちそうになって、さきっぽで引っかかったんですけど、時間の問題でした。手の力に限界がやってきて、わーっと空から落ちて」
小さな体のわりに、身振り手振りの大きい男だ。
「どこに」
「へっ」
「どこに落ちたわけ」
「ああ、えっとぉ……、そのへん」
後ろのマンホールの辺りに腕を伸ばし、ぐるぐると指し示す。
「着地は」
「成功です」
両手でピースサインを作って笑う。さすがに馬鹿馬鹿しくなって鼻で笑いつつ、私はビルの外壁にもたれ煙草に火を点けた。
「月に住んでるの」
「はい。月人です」
「月にはいったいどのくらいの人が住んでる?」
「あああー、オレひとりでした」
「……そうか。じゃあ寂しいな」
もう一度夜空を見上げ、まだ消えずに存在している無人になったという三日月を確認してから、煙草をひとくち吸いこむ。慣れ親しんだ味のはずが、なんだかいつもより苦く感じた。目をすがめ、吐きだした煙越しにふたたび目が合った青年は、さっきの笑顔から一転、ほんの小さな刺激で崩れてしまいそうな危うい顔をしていた。
「きみが泣くことあるか」
むきだしの優しさに触れて、思わず笑ってしまう。だけど二十ほどは年下と思われる男を、自分の代わりに泣かせるのはかわいそうだと思った。
失恋というほどのことでもない。あいつの浮気癖はいつものことだった。
ただ悪びれもせず、恋人の目の前でほかの男を誘うような無神経さに、唐突に嫌気が差しただけだ。
二年ほど続いたつかず離れずの曖昧な関係は、つい先ほど終わりを迎えていた。
世話になってるゲイバーの従業員たちには、店内で大人げなく言い争いをしてしまったことを申し訳なく思っている。
「よかったです」
「なにが?」
「あの、オレ、地球に落ちてきて」
まだ彼の中で寸劇が続いていたことに驚きつつ、煙草を携帯灰皿に押しつけながら喉の奥で小さく笑った。
「だって、向こうにいてもずっとひとりだし、地球にはたくさん人がいるでしょ? だからこれからは地球人として――」
「もういいよ。きみ、あの店の子だろう?」
彼のことは実は、以前から知っていた。さきほど出てきたゲイバーの奥まったキッチンでいつもひとり、調理を担当している従業員だ。元は和食店に勤めていたらしく、彼の手によってバーに提供される創作料理は、界隈でも味がいいと評判になるほどだった。
彼が店で働き始めた頃、店主に新人のコックだと紹介されたのを覚えている。それは二年前、ちょうど私があの男と付き合いを始めた時期だったかもしれない。それ以降、話をする機会はなく、ただ時々、キッチンから顔をのぞかせる彼を見かけるだけだった。
「オレのこと、知ってたんだ」
寸劇を中断させられてがっかりしてるかと思ったが、彼は赤らめた頬を隠しもせずうれしそうに笑った。
きっと私が口論の末に店から出たあとを、心配で追いかけてきたのだろう。
「ありがとう」
そう言いながら、思わず頭を撫でていた。二十ほどの歳の差と彼の無邪気さが私にそんな行動を取らせたのだが、触れた髪はまだすこし汗に湿気てやわらかく、困ったようにうつむいてしまった彼を見たら、いけないことをした気になった。
「もう、店には来ませんか」
うつむいたままの彼が言う。
「また遊びに行くよ」
店には一度、開店前の時間帯に謝罪に訪れるつもりだった。だけど、あの男と散々通った場所だ。それ以降はもう行かないつもりだった。
彼は私の返事を儀礼的だと感じたのか。うつむいた顔を上げず物も言わぬのでわからなかったが、しばらくするとズボンのポケットからごそごそと紙切れを取り出し、私の手に握らせると、拳を固めるように外側から自分の手でくるんだ。
「寂しい時は、誰かと一緒にいたほうがいいですよ」
ちらっとのぞき見た顔から耳までが、真っ赤に染まっていた。
「あの、絶対……。オレもひとりで寂しかったけど、地球に降りてきて、よかったから」
素性を知られてもまだ演技を続けるのか。ふ、と小さく笑いをこぼした私の顔を上目に確認すると、青年はすでに火照っている顔にボンとさらに赤色を乗せて、脱兎のごとくとなりをすり抜け、駆けていった。
ひとりになり、手の中にある紙切れをひらいてみる。
宇野瑞月。
彼の名前と電話番号が走り書きで記されてあった。
私が店を出たあと、急いでメモにペンを走らせ、追いかけてきた姿が目に浮かぶ。
もしかしたら、ずっと想われていたのかもしれないな。
そんなことを考えながら、触れた髪のやわらかさと、触れられた手のひらの高い体温を思う。優しさの裏に隠された青年の欲望と振りしぼった勇気を、愛おしく思った。
くしゃくしゃの紙を四角に折りたたみ、もう一度夜空を見上げた。
この短時間で三日月になんの作用が働いたのか。暗闇に飲まれそうだったその姿は今、きらきらと光り輝いていた。
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バーで派手に口論をして追いだされ、夜道を歩いていた時だった。
「あの……っ」
角を曲がって短い路地に入ったところで、正面から走ってきた青年に声をかけられた。
九月も半ばを過ぎ、夜はだいぶ過ごしやすくなっているにもかかわらず、細身の体に余る長袖Tシャツを肘の上までまくり上げ、明るい色の短髪がひたいに貼りつくほどに汗をかいている。
「なにか」
不機嫌に問うと、血色のいい赤い頬が引きつり、さっと色味が薄れる。色白で目のくりっとした人形のような見た目をしているくせに、汗かきだったり表情の変化に富んでいたり、生々しい人間らしい男だ。さっき別れた無表情の冷淡男とは正反対だと思った。
「あの……、今日は月が出ていますね」
青年の指さすさき。見上げると、ビルとビルのすき間の夜空には、漆黒に塗りつぶされそうな、伸びかけを切った爪ほどの三日月がうっすらと浮かんでいた。
「で、なに」
すぐさま月から目の前の男に視線を戻すと、相手は一瞬怯んだように見えたが、なにかを思いついたようにパン、と大きく一回手を叩くと、そこから急に饒舌になった。
「あのですね、オレ実はさっき、あの月から降りてきたんですよ。ほら、すべり台みたいになってるでしょ。あのカーブをつるっと滑って落っこちそうになって、さきっぽで引っかかったんですけど、時間の問題でした。手の力に限界がやってきて、わーっと空から落ちて」
小さな体のわりに、身振り手振りの大きい男だ。
「どこに」
「へっ」
「どこに落ちたわけ」
「ああ、えっとぉ……、そのへん」
後ろのマンホールの辺りに腕を伸ばし、ぐるぐると指し示す。
「着地は」
「成功です」
両手でピースサインを作って笑う。さすがに馬鹿馬鹿しくなって鼻で笑いつつ、私はビルの外壁にもたれ煙草に火を点けた。
「月に住んでるの」
「はい。月人です」
「月にはいったいどのくらいの人が住んでる?」
「あああー、オレひとりでした」
「……そうか。じゃあ寂しいな」
もう一度夜空を見上げ、まだ消えずに存在している無人になったという三日月を確認してから、煙草をひとくち吸いこむ。慣れ親しんだ味のはずが、なんだかいつもより苦く感じた。目をすがめ、吐きだした煙越しにふたたび目が合った青年は、さっきの笑顔から一転、ほんの小さな刺激で崩れてしまいそうな危うい顔をしていた。
「きみが泣くことあるか」
むきだしの優しさに触れて、思わず笑ってしまう。だけど二十ほどは年下と思われる男を、自分の代わりに泣かせるのはかわいそうだと思った。
失恋というほどのことでもない。あいつの浮気癖はいつものことだった。
ただ悪びれもせず、恋人の目の前でほかの男を誘うような無神経さに、唐突に嫌気が差しただけだ。
二年ほど続いたつかず離れずの曖昧な関係は、つい先ほど終わりを迎えていた。
世話になってるゲイバーの従業員たちには、店内で大人げなく言い争いをしてしまったことを申し訳なく思っている。
「よかったです」
「なにが?」
「あの、オレ、地球に落ちてきて」
まだ彼の中で寸劇が続いていたことに驚きつつ、煙草を携帯灰皿に押しつけながら喉の奥で小さく笑った。
「だって、向こうにいてもずっとひとりだし、地球にはたくさん人がいるでしょ? だからこれからは地球人として――」
「もういいよ。きみ、あの店の子だろう?」
彼のことは実は、以前から知っていた。さきほど出てきたゲイバーの奥まったキッチンでいつもひとり、調理を担当している従業員だ。元は和食店に勤めていたらしく、彼の手によってバーに提供される創作料理は、界隈でも味がいいと評判になるほどだった。
彼が店で働き始めた頃、店主に新人のコックだと紹介されたのを覚えている。それは二年前、ちょうど私があの男と付き合いを始めた時期だったかもしれない。それ以降、話をする機会はなく、ただ時々、キッチンから顔をのぞかせる彼を見かけるだけだった。
「オレのこと、知ってたんだ」
寸劇を中断させられてがっかりしてるかと思ったが、彼は赤らめた頬を隠しもせずうれしそうに笑った。
きっと私が口論の末に店から出たあとを、心配で追いかけてきたのだろう。
「ありがとう」
そう言いながら、思わず頭を撫でていた。二十ほどの歳の差と彼の無邪気さが私にそんな行動を取らせたのだが、触れた髪はまだすこし汗に湿気てやわらかく、困ったようにうつむいてしまった彼を見たら、いけないことをした気になった。
「もう、店には来ませんか」
うつむいたままの彼が言う。
「また遊びに行くよ」
店には一度、開店前の時間帯に謝罪に訪れるつもりだった。だけど、あの男と散々通った場所だ。それ以降はもう行かないつもりだった。
彼は私の返事を儀礼的だと感じたのか。うつむいた顔を上げず物も言わぬのでわからなかったが、しばらくするとズボンのポケットからごそごそと紙切れを取り出し、私の手に握らせると、拳を固めるように外側から自分の手でくるんだ。
「寂しい時は、誰かと一緒にいたほうがいいですよ」
ちらっとのぞき見た顔から耳までが、真っ赤に染まっていた。
「あの、絶対……。オレもひとりで寂しかったけど、地球に降りてきて、よかったから」
素性を知られてもまだ演技を続けるのか。ふ、と小さく笑いをこぼした私の顔を上目に確認すると、青年はすでに火照っている顔にボンとさらに赤色を乗せて、脱兎のごとくとなりをすり抜け、駆けていった。
ひとりになり、手の中にある紙切れをひらいてみる。
宇野瑞月。
彼の名前と電話番号が走り書きで記されてあった。
私が店を出たあと、急いでメモにペンを走らせ、追いかけてきた姿が目に浮かぶ。
もしかしたら、ずっと想われていたのかもしれないな。
そんなことを考えながら、触れた髪のやわらかさと、触れられた手のひらの高い体温を思う。優しさの裏に隠された青年の欲望と振りしぼった勇気を、愛おしく思った。
くしゃくしゃの紙を四角に折りたたみ、もう一度夜空を見上げた。
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